東大のMatterGen-e⁻、結晶と電子情報を同時につくる材料の逆設計

紫の幾何学的な構造と薄緑の曲線が重なり、淡い琥珀色の立体へまとまる抽象画

「この性質を持つ材料が欲しい」と指定すると、AIが原子の種類と並び方を提案する。材料の逆設計は、候補を一つずつ調べる探索を変える方法として研究されています。ただし、狙った性質に近い構造が出ても、安定した材料として成立するとは限りません。

東京大学の研究グループは2026年10月15日、結晶構造と各原子まわりの電子情報を一緒に生成する「MatterGen-e⁻」を発表しました。Microsoft ResearchなどによるMatterGenを基盤とした研究です。原子の配置だけから性質を学ぶ難しさに対し、両者の間にある電子の状態も生成過程へ組み込んでいます。

簡単にまとめると?

  • 結晶の構造に加え、原子ごとの電荷、または電子が入りうる状態のエネルギー分布を同時に生成するモデルです。
  • 厳しい二つの物性条件を同時に指定した比較では、論文の基準を満たす候補の割合が0.9%から3.5%へ上がりました。実験で材料を合成できた割合ではありません。
  • 電子情報を乱した対照実験は、変数を増やすだけでは改善しないことを示しました。一方、計算上の安定性や新規性には、評価基準とデータの範囲があります。

原子の配置と、材料の性質をつなぐ情報

結晶生成モデルは、原子の種類、位置、繰り返し構造を表す格子などを扱います。そこに「バンドギャップが3 eV」といった条件を与え、目的に近い構造を生成するのが逆設計です。バンドギャップは、電子が占める状態と空いている状態の間にあるエネルギーの隔たりで、半導体の光や電気への応答に関わります。

原子の並び方と電子の状態は結び付いていますが、限られたデータから、その関係までAIに学ばせるのは簡単ではありません。今回のモデルは、結晶構造を生成した後で電子情報を予測するだけでなく、ノイズから構造を組み立てていく各段階で、局所的な電子情報も一緒に更新します。同じネットワークを通して情報をやり取りさせることで、構造と電子状態の関係を学習させる設計です。

研究では、電子情報として二つの表現を比較しました。両方を必ず一度に使うという意味ではありません。

電子情報 表しているもの モデルでの扱い
Bader電荷 電子密度を原子ごとの領域に分けて得る、局所的な電荷の指標 原子ごとに一つの数値
原子分解状態密度(atomic DOS) 各原子のまわりで、電子が入りうる状態がエネルギーごとにどれだけあるか 512点の分布を30次元に圧縮して生成し、分布へ戻す

状態密度は、実際に電子が何個入っているかだけを示すものではありません。空いている状態も含むため、電荷とは違う情報を伝えます。この違いが、どの物性条件で候補が改善するかを比較する手掛かりになります。

0.9%から3.5%へ――何を成功と数えたのか

論文では、モデルと条件の組み合わせごとに1,024個の構造を生成し、密度汎関数理論(DFT)による計算で構造を緩和して評価しています。緩和とは、原子に働く力などをもとに配置を調整する計算です。

例えば、バンドギャップ3 eVと生成エネルギー−4 eV/atomを同時に指定した条件では、構造だけを生成する基準モデルの成功率は0.9%、原子分解DOSも生成するモデルでは3.5%でした。比では約3.9倍、差では2.6パーセントポイントです。「約4倍」という見出しだけで、候補の大半が成功するようになったと読むことはできません。

この成功率は、生成した全1,024構造を分母にしています。その中で、安定性・重複のなさ・新規性の基準を満たし、計算したバンドギャップが目標の±0.5 eV以内、生成エネルギーが±0.5 eV/atom以内に入った候補を数えています。生成エネルギーの単位にある「atom」は原子あたりという意味で、バンドギャップと同じ量ではありません。

また、ここでの安定性は、競合する相の組み合わせに対するエネルギー差が0.1 eV/atom以下という計算上の基準です。新規性も、研究で用いたデータセットに一致する構造がないことを指します。世界中の既知材料と重ならないという保証や、実験室で合成できたという報告にはなりません。

電子の情報を壊すと、同じ効果は得られない

なぜ改善したのかを調べるため、研究グループはBader電荷にノイズを加えたモデルや、物理的な意味を持たない乱数を各原子に付けたモデルも比較しました。追加する変数の形を似せたまま、その中身を変える対照実験です。

これらでは生成構造の多様性が増える場合があっても、安定性や目標物性への一致は改善せず、悪化する条件もありました。少なくとも調べたモデルと条件では、情報量を増やせばよいのではなく、電子状態を適切に反映する情報が必要だったと読めます。

生成された電子情報自体にも誤差があります。原子分解DOSは、計算で求めた分布の大まかな形を捉える一方、細かなピークや元素ごとの精度には差が残りました。候補を絞る手掛かりにはなっても、必要な物性計算や合成実験を一括して省けることを示したものではありません。

材料探索に取り入れるなら、候補の先を確かめる

この研究の価値は、性質を指定した生成と、物理的にもっともらしい構造を得ることの両立を改善した点にあります。用途へつなぐには、その先に合成条件、欠陥、温度、寿命などの検証が必要です。AIの成功率を比較するときは、分母、物性の許容幅、安定性と新規性の定義を揃えると、何が改善したのかを見失わずに済みます。

基盤モデルの開発元については、CyclewaveのMicrosoftの業務ソフト・Azure・Windowsの事業解説も参照できます。企業全体の説明と、今回の東大による材料生成モデルの研究成果は分けて読むと、開発主体を把握しやすくなります。

出典