イオンを光で冷やすとき、光の吸収は冷却にも加熱にもつながります。振動のエネルギーを減らす遷移を起こしたい一方で、別の遷移を励起すると、光を放出した反動などで振動が増えてしまいます。
電磁誘起透明化(EIT)を使う冷却では、二つの光が作る量子干渉によって、吸収されにくい周波数と吸収されやすい周波数を作り分けます。光を一律に弱めるのではなく、加熱に寄与する吸収を抑え、振動を減らす遷移を選びやすくする方法です。
簡単にまとめると?
- 干渉で吸収を抑える:三つの内部状態と二つの光を組み合わせ、振動を変えないキャリア遷移の吸収を抑えます。
- 冷える側に吸収の山を合わせる:振動を一段減らす赤側帯を励起しやすくし、振動を増やす青側帯は励起しにくくします。
- 低い温度と速い冷却は別に確かめる:加熱と冷却の割合が定常平均振動量子数を、両者の差がそこへ近づく速さを決めます。光の強さや向き、振動モードの条件も必要です。
振動を減らす吸収と、加熱につながる吸収
調和振動子として近似できるトラップでは、イオンの振動エネルギーは段階を持ちます。その段を表す振動量子数が n です。赤側帯の遷移は n を一つ減らし、青側帯の遷移は一つ増やします。内部状態だけが変わり、n が変わらない遷移をキャリアと呼びます。
キャリアの吸収そのものでは振動の段は変わりません。それでも、励起されたイオンが自然放出で光を出すときの反動は、振動を増やす原因になります。冷却に直接役立たないキャリアの吸収を抑えれば、この加熱経路を減らせます。
通常のサイドバンド冷却では、振動の段の間隔に比べて十分に細い共鳴を使い、赤側帯を選びます。EIT冷却は、その選び分けに量子干渉を利用します。ここでは、Morigi、Eschner、Keitelが2000年に示した三準位系の理論をもとに、吸収をどのように整えるかを見ていきます。
二つの励起経路が打ち消し合う暗状態
原論文が扱うのは、二つの低い内部状態が、一つの励起状態につながるΛ(ラムダ)型の配置です。一方の遷移へ強い結合光、もう一方へ弱い冷却光を当てます。二つの光の周波数差が内部状態の間隔と対応する条件では、低い二状態の重ね合わせから励起状態へ進む確率振幅が打ち消し合います。
このように励起されにくい重ね合わせを暗状態と呼びます。「暗い」は、光を弱くしたという意味ではありません。光が当たっていても、量子状態と光の位相関係によって吸収が抑えられる、という意味です。
ただし、すべての周波数で吸収をなくしては冷却もできません。結合光によって吸収スペクトルに狭い共鳴も作り、その近くに振動を減らす遷移が来るよう調整します。吸収の谷と山の両方を使うところが、EIT冷却の要点です。

吸収の谷をキャリアに、狭い山を赤側帯に合わせる
図1の中央では、キャリアに対応する中央の位置で吸収が抑えられ、その右に狭い山があります。破線で示された振動を一段減らす遷移がこの山に重なり、振動を増やす遷移は吸収の小さい側にあります。横軸は二つの光の離調の差を振動周波数で割った量であり、赤側帯という名称をそのまま横軸の負側と読み替えることはできません。
離調は、光の周波数が裸の原子の共鳴からどれだけずれているかを表します。この理論では、二つの光をそれぞれの共鳴より高い周波数側に置き、離調をそろえてキャリアに吸収の谷を作ります。そのうえで、結合光による準位のずれをトラップの振動周波数に合わせます。
ここでの共鳴は、原子だけでなく、結合光と相互作用している原子の状態に対応します。この状態はドレスト状態と呼ばれます。裸の励起状態の線幅が振動周波数より広くても、光との相互作用で生じる狭い共鳴を冷却に使える点が特徴です。線幅の条件がすべて不要になるわけではなく、どの共鳴の幅を比較するかが変わります。
加熱を減らすと、どこまで冷えるかが変わる
弱い冷却光と小さい振動振幅という条件では、平均振動量子数 n̄ の変化を、冷却と加熱の二つの係数で表せます。ここでは、原論文の係数 A− と A+ に、運動と光の結合を表すラム・ディッケパラメータの二乗を掛けたものを、それぞれ Γ−、Γ+ と書きます。どちらも単位は毎秒です。
d n̄ / dt = −(Γ− − Γ+)n̄ + Γ+
Γ− が Γ+ より大きいとき、平均振動量子数は定常値 Γ+ / (Γ− − Γ+) に近づきます。そこへ近づく時間尺度は 1 / (Γ− − Γ+) です。定常値を小さくするには加熱の割合を減らすこと、速く冷やすには冷却と加熱の差を十分に大きくすることが必要になります。
違いを確かめるため、冷却係数を1,000毎秒に固定した仮想例を考えます。加熱係数が100毎秒なら、定常平均振動量子数は約0.111、時間尺度は約1.11ミリ秒です。加熱係数を10毎秒に抑えられれば、それぞれ約0.0101、約1.01ミリ秒になります。これは式の読み方を示す計算であり、特定の装置で測った性能ではありません。
両方の係数を同じ割合で小さくすると、定常値は変わらず、冷却にかかる時間だけが長くなります。吸収を抑えたという説明だけでは、到達する状態と速さの両方は判断できないわけです。また、平均振動量子数が小さくなることと、量子力学的な零点運動までなくなることは異なります。
複数の振動を冷やすときに確かめたい条件
トラップ中のイオンには、向きの異なる振動など、複数のモードがあります。それぞれの赤側帯が狭い吸収の山の近くに入れば、一組の光で複数モードを同時に冷やせる可能性があります。モードの周波数が大きく離れていれば、すべてを同じ山で励起しやすくすることはできません。
光の向きも関係します。二つの光の波数ベクトルの差が、対象モードの運動方向へどれだけ成分を持つかによって、運動との結合と冷却速度が変わります。理想化した式で定常値の角度依存が消えていても、結合がなくなる向きで実際に冷やせることを意味しません。
さらに、振動の広がりが光の空間変化に比べて小さいラム・ディッケ領域、弱い冷却光、二つの光の周波数差の安定性が、ここで示した説明と近似式を使う条件です。光を強くして狭い共鳴を飽和させたり、暗状態を乱したりすると、同じ式のままで冷却が速くなるとは限りません。
2000年の原論文では、単一の運動自由度について、この近似式と量子モンテカルロ計算を比較しています。これを現在の装置の性能保証や、あらゆるモードで同じ結果が得られる実証とは区別して読む必要があります。EIT冷却を比較するときは、到達した振動状態だけでなく、そこへ近づく時間、対象モードの範囲、光と運動の結合条件をそろえると、吸収を整える利点が見えやすくなります。
出典
- G. Morigi, J. Eschner and C. H. Keitel, Ground state laser cooling using electromagnetically induced transparency(2000、arXiv v5は2000年10月10日)。図1、式(3)〜(6)、複数モードに関する議論。Physical Review Letters 85, 4458–4461 (2000), DOI: 10.1103/PhysRevLett.85.4458。
