量子ビットの読み出しでは、弱いマイクロ波に載った情報を増幅し、0と1に相当する状態を見分けます。IBM Quantumの研究チームは、通常の信号に加えて、増幅器が別の周波数へ出す「アイドラー」も測定しました。二つの測定記録の位相を揃えて組み合わせると、後段の雑音がある環境で状態を識別しやすくなることを、超伝導量子ビットで示しています。論文は2026年10月30日、EPJ Quantum Technologyで採択後の先行公開版として公開されました。
簡単にまとめると?
- 信号とアイドラーの二つの出力を同時に測り、古典的なデータ処理で向きと尺度を揃えて合成します。
- 実験の一条件では、状態の割り当て忠実度が信号単独の92%から、合成後の97%へ上がりました。
- 効果は増幅率や後段の雑音に依存します。量子ビットの緩和や、測定による状態変化を取り除く方法ではありません。
増幅器のもう一つの出力にも、状態の情報がある
超伝導量子ビットを読む代表的な方法が、共振器を介した分散読み出しです。量子ビットの状態によって共振器の応答がわずかに変わるため、弱いマイクロ波を送り、その位相の違いから状態を推定します。信号は小さいので、低温のジョセフソン増幅器で大きくしてから、さらに増幅して室温の電子回路へ運びます。
今回用いたジョセフソン・ミキサー(JM)は、周波数の異なる二つのモードを扱う増幅器です。入力に対応する信号だけでなく、ポンプから供給されるエネルギーによって、別の周波数にアイドラーが生じます。二つの出力には、量子ビットの状態に関する情報と、互いに関係した揺らぎが含まれます。
これは、量子ビットをもう一度別の方法で測り、独立な情報を追加するという話ではありません。とくに大きな増幅率では、アイドラーに元の信号を超える新しい状態情報があるわけではありません。研究の狙いは、すでに出力されている二つの記録を使って、読み出し装置全体の雑音に対する見分けやすさを改善することです。
二モードスクイージングを、向きを揃えた合成に使う
マイクロ波の測定値は、IとQという直交した二方向の成分で表せます。平面上の点として見ると、量子ビットの基底状態と励起状態は、少しずれた二つの点群になります。点群の重なりが大きいほど、どちらの状態だったかを間違えやすくなります。
研究チームは二つの出力を同時に測り、それぞれの増幅経路の利得を校正して、JMの出力に換算しました。そのうえで片方の測定記録を相対的に回転させ、量子ビットの違いが現れる方向を揃えて合成します。実験で採った座標では、相対位相を180度付近にしたときに識別が改善し、0度付近では逆に悪化しました。
この関係を生むのが二モードスクイージングです。二つの出力を組み合わせたある方向の揺らぎが小さくなる一方、それと直交する方向の揺らぎは大きくなります。ただし、今回の読み出しは「情報がある方向の雑音を小さくした」と説明すると正確ではありません。状態の違いを含む方向を強める、アンチスクイージング側の組み合わせを使います。
その方向では、JMに由来する信号と雑音がともに増えます。それでも、後段の増幅器などが加える雑音まで同じ割合で増えるわけではないため、装置全体で見た信号対雑音比が改善します。ここが、量子力学的な増幅雑音を消したという主張との違いです。
92%から97%へ変わった条件を読む
実験は、共振器につないだ一つのトランズモン量子ビットと、二つの出力線を持つJMで行われました。読み出しパルスと積分時間はともに1マイクロ秒です。図の例はJMの利得が4 dB、JM入力に換算した平均光子数が90の条件で、信号単独の割り当て忠実度は0.92、アイドラー単独では0.93でした。適切な位相で合成すると0.97となり、逆の組み合わせでは0.60まで下がっています。

割り当て忠実度は、準備した二つの状態を測定値からどれだけ正しく分類できるかを表す指標です。この例の改善は5パーセントポイントであり、どの量子プロセッサでも97%になるという意味ではありません。また、位相を選ばずに単に足すだけでは、情報を見分けにくい方向へ合成してしまうことが図から分かります。
論文は信号対雑音比の改善も報告していますが、実験では二つの出力経路の追加雑音が同じではありません。JM利得2.3〜4 dBの一部の条件で電力の信号対雑音比が2倍を超えた結果には、アイドラー側の経路の雑音が小さいことも寄与しています。二モードを使えば常に2倍になる、と一般化することはできません。
チップを変えずに使える余地と、残る制約
この方法の利点は、量子チップ自体を作り直さず、出力信号の測定と処理を工夫できる点です。ただし、アイドラーを読み取れる周波数帯域と測定経路、両経路の利得校正、位相を揃える処理は必要です。今回の二本の出力線を用いた実験と、信号・アイドラーが同じ伝送線を通る進行波型増幅器への適用案は、実証段階を分けて読む必要があります。
改善の余地は、後段の雑音と初段の利得で変わります。後段が加える雑音がなくなる極限や、初段の利得が非常に大きい極限では、単独測定との差は小さくなります。反対に、初段を強く増幅できず、後段の雑音が効いている装置では、二つの出力を使う価値が出てきます。
実際の装置では、量子ビットへ戻る増幅器の影響を抑える部品の分離性能が限られ、実験のJM利得は7 dB未満に抑えられました。読み出し中の量子ビットの緩和、測定による不要な状態遷移、量子非破壊性の不足も、この合成処理だけでは解決しません。比較するときは最高の忠実度だけでなく、読み出し時間、入力光子数、増幅率、各経路の雑音、状態を壊さずに読めたかを一緒に見ることが大切です。
IBMの事業と量子計算への取り組みの位置づけは、CyclewaveのIBMの企業解説でも整理しています。
出典
- Abdo, B., Shanks, W., Jinka, O., Rozen, J. R.「Enhancing qubit readout fidelity with two-mode squeezing of the coherent measurement signal」EPJ Quantum Technology、2026年10月30日公開。採択後の先行公開版(Article in Press)。本文・Methods・図1〜7。
- 同論文の補足資料、2026年8月27日付。二モードの関係式、出力経路の校正、利得を制限する逆作用の説明。
