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  • PEM水電解のイリジウムを減らす、TiO₂@IrOₓ触媒と電極の厚み

    PEM水電解のイリジウムを減らす、TiO₂@IrOₓ触媒と電極の厚み

    水素をつくるPEM水電解では、酸素が発生する側の電極にイリジウム系の触媒を使います。希少な金属を減らせれば設備を広げやすくなりますが、触媒を薄く塗るだけでは、電気の通り道まで途切れることがあります。減らしたいのは金属の量であって、電極として働く場所ではありません。

    ユーリヒ研究センター、エアランゲン・ニュルンベルク大学などのDarius Hoffmeister氏、Selina Finger氏らが2024年に報告したのは、酸化チタンの粒子を薄いイリジウム酸化物の層で覆う「TiO₂@IrOₓコアシェル触媒」です。少ないイリジウムでも電極の厚みを確保する設計を、材料単体の試験と5 cm²の電解セルの両方で確かめています。[1]

    簡単にまとめると?

    • TiO₂の芯を薄いIrOₓの殻で覆い、イリジウムを減らしながら、触媒粒子の電気的なつながりと電極の厚みを保つ設計です。
    • 80℃・常圧の5 cm²セルでは、Ir量0.22 mg/cm²の試料が、0.30 mg/cm²の市販対照より2 A/cm²で50 mV低いセル電圧を示しました。
    • 200時間のセル試験では市販対照より劣化が速く、初期性能の改善と長期耐久性の達成は分けて読む必要があります。

    イリジウムの「割合」と「電極に載せる量」は違う

    PEMはプロトン交換膜のことです。水を分解して水素を得るセルの中で、この膜が水素イオンを通します。酸素をつくる陽極では、酸性で高い電位という厳しい環境に耐えながら反応を進める必要があり、イリジウム系の材料が使われます。

    論文の「Ir 40 wt.%」は、触媒粉末の質量に占めるイリジウムの割合です。一方、「0.22 mgIr/cm²」は、電極の面積1 cm²あたりに載せたイリジウムの量を表します。粉末の組成を比べる数字と、セルに使う金属量を比べる数字なので、同じものとして扱えません。

    今回の触媒は、比較対象のUmicore製IrO₂/TiO₂触媒「Elyst Ir75 0480」の約75 wt.%に対し、約40 wt.%のIrを含みます。残りの多くを酸化チタンの芯が担うため、同じIr量でも、触媒層をより厚くつくれるのが狙いです。

    薄い殻で電気をつなぎ、厚みで断絶を避ける

    酸化チタンはこの用途では電気を通しにくい材料です。芯の表面に反応する粒子を点々と置いても、それぞれが電気的につながっていなければ、電極全体を十分に使えません。そこで研究チームは、光析出、イソプロパノールによる還元、熱処理という3段階で、粒子表面に連続したIrOₓの殻を形成しました。

    殻の厚さは電子顕微鏡で2.1±0.4 nm。表面にはさらにIrを含むナノ粒子があります。殻は反応に関わる表面であるとともに、粒子間へ電気をつなぐ役割を持ちます。ただし、結晶性や酸化状態は一様ではなく、すべてが完全に酸化したIrO₂という意味ではありません。

    電極の厚さをIrの担持量で割った「厚み係数」は、試料で10.9±1.1、Umicoreの対照で3.9±0.8 µm/(mgIr/cm²)でした。同じIr量に対して、前者は約2.8倍の厚みを確保できます。低担持量0.22 mgIr/cm²なら、論文が示す試料の層厚は約2.4 µmです。

    原論文Figure 6。左にIr担持量と触媒層厚さの関係、右に厚い層と薄い層で亀裂が入ったときのつながりの模式図。
    原論文Figure 6。左(a)の緑はTiO₂@IrOₓ、灰色は市販対照で、同じIr担持量でも得られる層厚が異なります。各断面5点の平均と標準偏差を示します。右(b、c)は、厚みの違いが亀裂による層の断絶にどう関わるかを説明する模式図です。運転中の亀裂を直接撮影した図ではありません。
    Darius Hoffmeister et al., Advanced Science 11, 2402991 (2024), Figure 6. © 2024 The Author(s). Wiley-VCH. 原論文 / CC BY 4.0。JPEGからPNGへ容器形式のみ変換。画素・構図・ラベルは変更していません。

    膜や触媒層中のイオノマーは、水を含むと膨らみます。薄い層に亀裂ができると、集電部につながらず反応に使えない領域が生じるおそれがあります。著者らは、試料で確保した厚みがこの断絶を抑え、低担持量でも性能を保つ一因になったと説明しています。これは構造や抵抗の測定を合わせた解釈であり、「厚いほどよい」という結論ではありません。厚くしすぎると、電子やイオンが通る距離が長くなり、抵抗も増えます。

    材料試験の好成績だけで、セル性能は決まらない

    材料の評価には、回転ディスク電極(RDE)という、小さな電極を回転させながら反応を調べる方法を使っています。室温、アルゴンで脱気した0.1 M過塩素酸、Ir担持量50 µg/cm²の条件で、試料の質量活性は233±18 A/gIrでした。評価電位は可逆水素電極(RHE)を基準とする1.6 Vです。

    この1.6 Vは、完成した水電解セルの両端にかける電圧ではありません。またRDEでは薄い触媒層を導電性の高い電極上に置くため、実セルで重要になる層内の電気的なつながりが、結果に表れにくい場合があります。材料単体で反応が速いことと、膜・触媒層・集電部を組み合わせたセルで低い電圧を実現することは、別の確認です。

    5 cm²のセルでは、どの条件で差が出たか

    セル試験では、膜の両側に触媒層を設けた触媒被覆膜(CCM)を使い、これを輸送層などと組み合わせています。膜電極接合体を含む単セルの試験であり、大面積の電極を何枚も積んだ実用スタックの実証ではありません。

    原論文の低担持量セル試験の比較(Figure 7b、Experimental Section)。数値は同論文内の比較です。
    項目 TiO₂@IrOₓ試料 Umicore市販対照
    陽極のIr担持量 0.22±0.01 mgIr/cm² 0.30±0.03 mgIr/cm²
    2 A/cm²でのセル電圧 1.77 V 1.82 V
    セルの有効面積 5 cm² 5 cm²
    温度・圧力 80℃・常圧 80℃・常圧
    膜 Nafion NR212、約51 µm 同左
    陰極のPt担持量 0.19±0.08 mgPt/cm² 同左

    電圧は高周波抵抗(HFR)の分を差し引いていない、セル全体の値です。試料は、対照より約27%少ないIrで、同じ電流密度のときに50 mV低い電圧を示しました。5 cm²の面積に換算すると、陽極に使うIrは約1.1 mgと約1.5 mgです。いずれも掲載された平均担持量からの計算で、装置全体の貴金属量ではありません。

    共通条件として、陽極には白金を被覆したチタン繊維の多孔質輸送層(PTL)を使い、そこにも平均0.035±0.025 mgPt/cm²の白金があります。陽極へ脱イオン水を100 mL/分で送り、陰極へは水を供給していません。白金や膜、輸送層の条件が違うセルへ、この電圧差をそのまま当てはめることはできません。

    原論文Figure 7。高担持量と低担持量で、TiO₂@IrOₓ試料とUmicore対照のセル電圧、高周波抵抗を比較したグラフ。
    原論文Figure 7。左(a)は高担持量、右(b)は低担持量の比較です。緑がTiO₂@IrOₓ、灰色が市販対照。上段の塗りつぶした記号はセル電圧、白抜きはHFR補正後の値で、下段はHFRを示します。新品のCCMと輸送層を用いた3回の試験の平均と標準偏差を表示。担持量の±は最小・最大のずれであり、電圧の誤差棒とは意味が異なります。
    Darius Hoffmeister et al., Advanced Science 11, 2402991 (2024), Figure 7. © 2024 The Author(s). Wiley-VCH. 原論文 / CC BY 4.0。JPEGからPNGへ容器形式のみ変換。画素・構図・ラベルは変更していません。

    同じ触媒でも、Irを多く載せた約1.3 mg/cm²の条件では、試料のほうが対照より抵抗が高く、セル全体の性能は劣りました。低担持量で得られた利点を、高担持量や別の電極設計まで一般化しないことが大切です。

    測定は電流密度0.01〜4 A/cm²を段階的に変え、各点を5分保持して最後の15秒を平均しています。新品のCCMで3回繰り返した結果です。この短い性能測定と、一定電流で長時間動かす耐久試験も分けて読む必要があります。

    200時間の結果は、耐久性が完成したことを意味しない

    論文は、2 A/cm²で200時間保持する単セル試験も報告しています。試料のコアシェル構造は試験後にも観察されましたが、セル電圧の劣化速度はUmicoreの対照より高くなりました。粒子の形が残っていることと、電圧が安定していることは同じではありません。

    著者らは、試験中に触媒がさらに酸化した可能性を挙げ、より長く試験すれば劣化速度が下がるのではないかと考察しています。これは予測であり、長期間の安定運転を示した実測結果ではありません。今回の成果は、少ないIrでセルの初期性能を引き上げる設計を示した段階で、長寿命や大面積化を含む実用条件の達成とは区別できます。

    次の研究を比べるときに見るところ

    低イリジウム触媒の報告を読むときは、まず粉末中のIrの割合と電極面積あたりの量を分けます。そのうえで、セル面積、膜、温度、圧力、輸送層の貴金属被覆をそろえて比べる。電圧が抵抗補正前か補正後か、短時間の性能測定か長時間の劣化試験かも確認したい点です。

    今回の論文が教えてくれるのは、貴金属を減らす研究を、材料の反応の速さだけでは評価できないということです。少ないIrをどこに置き、電極の厚みと電気の通り道をどう保つか。その設計がセルで働くことを確かめ、さらに劣化まで追うことで、比較できる技術になります。

    参考資料

    1. Darius Hoffmeister et al. (2024). Photodeposition-Based Synthesis of TiO₂@IrOₓ Core–Shell Catalyst for Proton Exchange Membrane Water Electrolysis with Low Iridium Loading. Advanced Science, 11(30), 2402991. DOI: 10.1002/advs.202402991 / PMC公開全文(補足資料への案内を含む)。