細い流路で2つの液を合流させても、すぐに均一になるとは限りません。流れは液体を下流へ運びますが、隣り合う液体の間を分子が行き来する速さは別の問題です。流量を増やすと処理量は増えても、出口での濃度差がかえって大きくなる場合があります。この関係を整理するのが、ペクレ数(Péclet number)です。
簡単にまとめると?
- ペクレ数は、流れによる輸送と分子拡散の相対的な強さを比べる数です。何を代表長さにしたかも一緒に読む必要があります。
- 流路の幅と拡散係数が同じなら、流速を上げても横方向の拡散そのものは速くなりません。同じ距離を流れる間に、拡散へ使える時間が短くなります。
- 混合を早めるには、分子が横切る距離を短くする方法が有効です。均一さの判定条件と、対象物質の拡散係数まで確かめると比較しやすくなります。
ペクレ数は、2つの時間尺度の比でもある
液体の流れが物質を運ぶことを「移流」と呼びます。一方、分子の熱運動によって濃度の高い側から低い側へ物質が広がるのが「拡散」です。流速をU、拡散係数をD、比較に使う代表長さをwとすると、ペクレ数はPew=Uw/Dで表せます。Uの単位をm/s、wをm、Dをm²/sにそろえれば、Peには単位が残りません。
距離wを流れで進む時間はw/U、拡散で濃度差がならされる時間の尺度はw²/Dです。その比を取ると、(w²/D)/(w/U)=Uw/Dとなります。Peが大きいほど、この比較では移流の時間が短いことを意味します。ただし、Peだけで「十分に混ざった」と判定できるわけではありません。
ここではwを流路の横幅、下流までの長さをLと分けます。液体が出口まで滞在する時間はL/Uです。幅を横切る拡散に対して、この滞在時間が足りるかを比べるのが、出口の混合を考える出発点になります。資料によってPeの代表長さは異なるため、幅なのか流路長なのかを省略すると比較を取り違えます。
速く流すと、必要な流路は長くなる
横幅100µm、拡散係数D=1×10−10m²/sという仮の条件を考えます。特定の分子を測定した値ではなく、流速と幅の影響を分けるために選んだ数値です。拡散時間の尺度をtD=w²/D、その間に流れが進む距離をLD=UtDと置くと、次のようになります。
| 横幅w | 流速U | Pew | tD / LD |
|---|---|---|---|
| 100µm | 1mm/s | 1,000 | 100s / 100mm |
| 100µm | 5mm/s | 5,000 | 100s / 500mm |
| 20µm | 1mm/s | 200 | 4s / 4mm |
最初の2行では、流速を5倍にしても拡散時間の尺度は100秒のままです。その100秒間に進む距離が5倍になります。3行目では幅を5分の1にしたので、拡散時間の尺度は25分の1になりました。流速を変える操作と、拡散距離を変える操作は、このように効き方が違います。
このtDは時間の目安であり、混合完了の時刻ではありません。実際に必要な時間は、入口の濃度分布や、残る濃度差を何%まで許すかで変わります。
25mm先で、濃度差はどこまで残るか
判定条件を具体化するため、理想化した濃度分布を独自に計算します。横方向の位置をyとし、入口の濃度をc(y,0)=c̄[1+cos(πy/w)]と置きます。片側で平均濃度c̄の2倍、反対側でゼロになり、その間を滑らかにつなぐ分布です。2本の流れが鋭い境界で合流する入口とは異なります。
幅方向に流速が一様で、壁から物質が出入りせず、反応・吸着がなく、Dが一定だと仮定します。下流方向の拡散を無視して、横方向の拡散方程式を解くと、濃度差の振幅はA(t)=exp(−π²Dt/w²)の割合で減ります。濃度はc/c̄=1+A(t)cos(πy/w)、下流位置Lではt=L/Uです。Aは「平均からの最大のずれを平均で割った値」なので、A=0.1なら全域が平均の±10%以内という意味になります。

先ほどのw=100µm、D=1×10−10m²/sで、25mm先を比べます。U=1mm/sなら25秒滞在するため、最大のずれは平均の約8.5%まで減ります。U=5mm/sでは滞在時間が5秒になり、約61.0%のずれが残ります。同じ出口位置でも、速く流したほうが不均一です。
このモデルで平均の±10%以内に入る時間は、w²ln(10)/(π²D)=約23.3秒です。必要な下流距離は、1mm/sなら約23.3mm、5mm/sなら約116.7mmとなります。前の表の100秒と矛盾するわけではなく、表は時間尺度、こちらは特定の入口分布と判定基準から計算した時間です。
流れを乱す以外にも、拡散距離を縮める道がある
混合を早めるには、液体を細かな層に分け、異なる濃度の領域を近づける方法があります。このとき分子が横切るべき距離は、流路全体の幅より短くなります。同じDのもとでその距離を5分の1にできれば、拡散時間の尺度は25分の1です。流路を単に細くするだけでなく、流れを分割して並べ直す設計にも、この考え方が使えます。
流れの慣性と粘性を比べるレイノルズ数と、移流と拡散を比べるペクレ数も分けて読む必要があります。穏やかな層流だからといって、溶質の濃度が均一とは限りません。混合の比較では、流れ方に加えて、分子がどこまで移動する必要があるかを見ます。
色が均一でも、目的の分子まで同じとは限らない
色素で混ざり方を可視化するときも、色素と目的の分子のDが同じとは限りません。同じ流路・流速でもDが10分の1なら、拡散時間の尺度は10倍になります。色のむらが見えなくなったことだけで、別の分子まで同じ精度で均一になったとは判断できません。
流路の比較表を見るときは、流量だけでなく、横幅や層の厚さ、対象物質のD、出口までの滞在時間、均一さの定義を並べると役立ちます。実際の圧力駆動流では流速が断面内で変わり、立体形状、壁への吸着、反応なども影響します。本稿の一様流速モデルは設計性能の予測値としてそのまま使うものではありませんが、「速く運ぶこと」と「横に広げること」を切り分ける比較には使えます。
出典
- MIT OpenCourseWare 2.674(Spring 2016), Microfluidic Mixing。PDF2、4–5、7頁。拡散距離、Peの定義、混合の評価を参照。
- Sang-Gook Kim, MIT 2.674, Introduction to Microfluidics and the Problem of Mixing(2016年2月23日)。PDF8、10–12頁。移流・拡散の時間尺度と混合方法を参照。数値例と濃度分布図は、本稿で設定した条件による独自計算。
