熱をよく通す薄膜を作ったら、その熱伝導率を確かめたいところです。しかし、測定のために表面へ載せた金属膜の厚さが少し違うだけで、求めたい薄膜の値まで変わってしまうことがあります。薄膜そのものの性質と、測定を助ける層の影響を、どう分ければよいのでしょうか。
その問題に取り組んだのが、シンガポール国立大学のPuqing Jiang、Bin Huang、Yee Kan Kohによる二周波TDTRの研究です。時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)という光を使う測定を、二つの加熱周波数で行います。ここでは2016年の論文をもとに、高熱伝導の薄膜を低熱伝導の基板上で測るとき、なぜ二つの信号を組み合わせると役立つのかを見ていきます。[1]
簡単にまとめると?
- TDTRは表面の温度応答を熱拡散モデルと照合するため、測定用Al膜の厚さの不確かさが、試料の熱伝導率へ入り込みます。
- 二周波TDTRは、Al膜厚への感度が似て、目的の薄膜への感度が異なる二つの信号の比を使い、Al膜厚の影響を減らします。
- 周波数は試料に合わせて選びます。薄膜への感度が足りない場合や、界面で熱が強く妨げられる場合まで解決する方法ではありません。
表面の温度応答には、複数の層の性質が重なる
論文の測定では、試料の上に厚さ約100 nmのアルミニウム(Al)膜を載せます。加熱用の光でこの膜を温め、少し遅れて届く観測用の光で、温度に伴う反射率の変化を調べます。Al膜は、光を熱へ変え、温度の変化を光で読み取るための層です。[1、pp.5–6]
観測するのは、薄膜の熱伝導率そのものではありません。熱がAl膜から試料へ、さらに基板へ移る間の表面の応答です。この応答を、各層の厚さ、熱容量、熱伝導率、層どうしの界面の熱の通しやすさを含むモデルに合わせ、目的の値を求めます。
ここでAl膜の厚さを変えると、その層に蓄えられる熱の量も変わり、モデルが予測する応答が動きます。厚さの入力に誤差があれば、計算上は薄膜の熱伝導率を変えることでも、観測結果へ近づいてしまうことがあります。論文が対象にした高熱伝導の薄膜では、信号が目的の熱伝導率よりもAl膜厚へ強く反応することが、測定の不確かさを大きくしていました。[1、pp.6–8]
二つの信号を平均せず、影響の差を利用する
二周波TDTRで変えるのは、加熱用の光の強さを周期的に変化させる変調周波数です。レーザーの光パルス自体の繰り返し周波数とは区別します。論文の装置では後者は80 MHzですが、二周波測定に使う加熱の変調周波数は、それとは別に設定しています。[1、pp.5–6]
同じ材料なら、変調周波数を上げると、周期的な温度変化が届く深さは浅くなります。低くすると、より深くまで熱が伝わり、下の基板の影響が強くなります。この深さの目安が、熱浸透深さです。薄膜を詳しく見たい高周波側と、薄膜の熱伝導率への反応が弱くなる低周波側を組み合わせる、というのが出発点です。[1、pp.2–4、7–9]
ただし、低い周波数を一つ足せばよいわけではありません。二つの周波数で、Al膜厚を少し変えたときの信号の変化は似ている一方、目的の薄膜の熱伝導率を変えたときの変化は異なる。その組み合わせを、あらかじめモデルで探します。
各周波数のTDTR信号を R とすると、解析に使うのは R高周波 ÷ R低周波です。ここでの R は、検出した信号の同相成分と直交成分から作る比で、温度そのものではありません。さらに二周波数の比を取ることで、両方に似た割合で現れるAl膜厚の影響を弱め、異なって現れる薄膜の熱伝導率の手掛かりを残します。[1、pp.5–9]
原図で見る、残す感度と減らす感度
下図は、論文が仮想的な多層試料について計算した感度です。感度は、ある材料の値や厚さを少し変えたときに、信号がどれだけ変わるかを表します。絶対値が小さいほど、その入力の変化が信号に表れにくくなります。
左図の6〜20 MHz付近では、薄膜の熱伝導率を表す赤実線が周波数によって大きく変わります。一方、Al膜厚を表す黒破線の変化は比較的緩やかです。右図では、二つの信号の比にも赤実線の感度が残り、Al膜厚への感度の絶対値は左図より小さくなっています。[1、pp.7–9、Fig.2]
Al膜厚の影響が完全に消えているわけではありません。また、右図には試料の膜厚hfや体積熱容量Cfへの感度も残っています。二周波数にすれば他の入力を調べなくてよい、という読み方はできません。なお、左右は横軸が異なるので、同じ横位置の点どうしを比較する図でもありません。
NiFe薄膜では、どこまで確かめられたか
研究チームは、厚さ403 ± 20 nmのNi80Fe20合金膜で方法を検証しました。この試料で使った周波数は17.4 MHzと4 MHzです。原図の仮想試料で使った20 MHzと6 MHzとは異なり、試料の条件と装置の信号対雑音比を踏まえて選ばれています。[1、pp.12–13]
| 求め方 | 熱伝導率 W/(m·K) |
|---|---|
| 従来のTDTR、17.4 MHz | 28 ± 6 |
| 二周波TDTR、17.4 MHzと4 MHz | 22 ± 2 |
| 四端子法による電気抵抗からの推定 | 21.7 ± 3.6 |
出典:参考資料[1]、pp.12–14、Table 1。±は論文が見積もった不確かさです。表はNiFeの報告値だけを整理しています。
二周波法では、報告された不確かさが小さくなり、電気抵抗を使った別の推定値とも近づきました。ただし、三つ目は熱伝導率を直接測った「正解の値」ではありません。電気の流れやすさと熱の運ばれ方を結ぶWiedemann–Franz則と、NiFe合金に対して見積もった係数を使う推定です。著者は、金属膜の熱伝導の等方性や、熱を運ぶ電子の短い平均自由行程を根拠として、この比較を行っています。[1、pp.11、13–14]
界面の値もすべて正確に分かったわけではありません。解析ではAlとNiFeの界面の熱コンダクタンスも調整していますが、著者は、その推定値の不確かさが大きいと明記しています。薄膜の熱伝導率が安定して求まることと、界面の性質まで同じ精度で決まることは、分けて評価する必要があります。[1、p.13]
採用を判断するには、膜厚と界面から考える
たとえば、基板上の金属膜で熱伝導率の推定値がばらつき、Al膜厚の入力を少し変えるだけでも結果が大きく動くとします。このような場合は、二周波法を検討する理由があります。まず試料と装置のモデルで感度を調べ、目的の薄膜の感度を残したまま、Al膜厚への感度差を小さくできる周波数の組があるかを確かめます。これは論文の手法から導ける検討順序であり、あらゆる試料に通用する設定値ではありません。
薄すぎる試料では、比を取っても十分な感度を得られません。論文のモデル計算では、高周波側の熱浸透深さに対して膜厚が約0.85倍より小さいと、目的の熱伝導率への感度が足りず、二周波法でも正確な測定が難しくなりました。大きな改善が得られたのは、おおむね0.85〜1.5倍の範囲です。これは、その研究のモデル条件から得た目安で、材料を問わない固定の膜厚基準ではありません。[1、pp.9–10、Fig.3]
Al膜から試料へ熱が渡りにくい場合も、別の問題になります。界面の熱抵抗が薄膜内部の熱抵抗より大きいと、表面の応答は主に界面で制限され、薄膜の熱伝導率を変えても信号が変わりにくくなります。論文の検討では、Alと試料の界面熱コンダクタンスが「薄膜の熱伝導率÷膜厚」より大きいことが、改善の条件でした。[1、pp.10–11、Fig.4]
さらに、この研究は低熱伝導の基板上にある高熱伝導の薄膜を狙ったものです。検討した多層モデルでは、薄膜と下層のSiO2の熱伝導率の比が10を超える範囲で有用性が示されています。低周波側を下げすぎると、今度は基板の値への感度が大きくなり、その不確かさが入り込みます。周波数を下げるほど測りやすくなるわけでもありません。[1、pp.9–11]
測定を依頼したり結果を比較したりする際には、二つの周波数の数値だけでなく、膜厚や熱容量をどう決めたか、どの入力が結果を大きく動かすか、界面を含むモデルで感度が確保されているかを見ます。二周波TDTRの価値は、測定回数を増やすことよりも、求めたい性質と測定用の層の影響が違って表れる条件を、実験の前に選べることにあります。
参考資料
- Puqing Jiang, Bin Huang, Yee Kan Koh, Accurate Measurements of Cross-plane Thermal Conductivity of Thin Films by Dual-Frequency Time-Domain Thermoreflectance (TDTR)。arXiv:1511.04852v2、2016年5月27日版、公開PDF(全23ページ)。測定系と解析はpp.5–6、二周波法と適用条件はpp.7–11、試料と検証はpp.11–14、原図はp.18のFig.2を参照。掲載誌:Review of Scientific Instruments 87, 075101 (2016)、DOI: 10.1063/1.4954969。本稿はこの研究手法と検証条件を解説したもので、現在の装置の性能比較や、あらゆる薄膜に対する精度保証を示すものではありません。

