スピンエコー、途中の反転パルスで位相のずれを戻せる条件

左で扇状に向きが広がった青緑の薄い羽根が、淡い桃色の面を挟んだ右で同じ向きにそろう抽象アート

量子ビットを同じ向きに準備しても、周囲の磁場などの違いで、それぞれの位相が少しずつずれていくことがあります。集団として見ると信号が弱くなるため、情報がすべて失われたようにも見えます。けれども、ずれ方が待っている間ずっと一定なら、途中に一度だけ操作を加えることで、位相を再びそろえられる場合があります。

その代表がスピンエコーです。ここでは、待ち時間の中央に180度の回転を入れるハーン・エコーを取り上げ、何を打ち消せるのか、何は戻せないのかを、理想化した量子ビットの計算で見ていきます。

簡単にまとめると?

  • スピンエコーは、待ち時間の途中にπパルスを入れ、前半にたまった位相差を後半で打ち消す方法です。
  • きれいにそろうには、前後の待ち時間が等しく、その間の周波数ずれが一定であることが重要です。
  • 途中で変わるずれ、エネルギーの緩和、パルス自体の誤差まで一度に戻せるわけではありません。

信号が小さい理由は、一つとは限らない

量子ビットの重ね合わせには、0と1の成分の間の相対位相があります。ここでは、それを時計の針の向きのように考えます。同じ向きから出発しても、進む速さが少しずつ違えば、時間がたつにつれて針は散らばります。

基準からの周波数のずれをΔf、待ち時間をtとすると、余分にたまる位相は2πΔf tです。たとえば1 kHzのずれが200マイクロ秒続くと、位相差は72度になります。ずれが−1 kHzなら逆向きに72度です。これは基準と一緒に回る見方での差であり、量子ビットそのものの全周波数を表しているわけではありません。

針が散らばると、向きを平均した矢印は短くなります。一つ一つの状態が保たれていても、集団の信号は小さくなり得ます。このそろっていないために見えにくい成分と、環境との相互作用などで失われる成分を、同じものとみなさないことが出発点です。

中央のπパルスが、前半と後半をつなぐ

πパルスは、量子状態を指定した軸のまわりに180度回転させる操作です。ここでは、位相の針が並ぶ平面内のx軸を選びます。この回転は、針の向きφを−φへ折り返します。時計を逆回転させ続けるのではなく、その瞬間の向きを一度反転する操作です。

前半をτだけ待つと、位相は2πΔfτになります。中央で符号を反転し、同じ周波数ずれのまま後半もτだけ待てば、最後は−2πΔfτ+2πΔfτ=0です。前半で速く進んだものほど、反転直後には大きく後ろへ回り、その後の同じ進み方で追いつきます。

実験では通常、最初のπ/2パルスで重ね合わせを作り、待ち時間の中央にπパルスを置き、最後のπ/2パルスで位相の情報を測定しやすい確率へ変換します。Qibocalのハーン・エコー手順にも、この中央への配置が明記されています。qoptの例では、待ち時間に対してゆっくり変わる「準静的」な雑音による回転のずれを、エコーでそろえ直す役割が説明されています。

五つの周波数ずれを、同じ時間だけ待たせる

仕組みを分けて見るため、周波数ずれが−2、−1、0、1、2 kHzの五つの状態を、同じ重みで平均する例を計算しました。どれも最初はx軸の正方向を向き、ずれは各回の途中で変わらないものとします。待ち時間は合計400マイクロ秒、πパルスを入れる時刻は中央の200マイクロ秒です。パルスの長さと誤差、緩和は、この計算には含めません。

図の縦軸Cは、五本の位相の矢印を平均した長さを、最初の値で割ったものです。1なら完全にそろい、0なら平均した矢印が打ち消し合っています。一回の測定で0や1が出る確率とは別の量です。数式では、各状態の位相をφjとして、C=|(1/5)Σ exp(iφj)|と計算します。iは虚数単位、Σは五つの状態を足す記号です。

5種類の一定の周波数ずれを仮定した独自計算。200マイクロ秒では位相のそろい具合が0に下がるが、中間に理想的なπパルスを入れると400マイクロ秒で1に戻る。パルスなしでは同時刻に0。
QS独自計算。二つの条件で周波数ずれと全待ち時間をそろえ、中央のπパルスの有無だけを変えています。縦軸は平均した位相のそろい具合であり、実機の測定結果やコヒーレンス時間ではありません。

200マイクロ秒では、五本の針が円周上に等間隔に並び、この例のCは0になります。πパルスは、その瞬間にCを1へ戻すわけではありません。後半の待ち時間を経て、400マイクロ秒で初めて1へ戻るのが、この比較のポイントです。同じ400マイクロ秒まで何もせずに待つ条件では、Cは0になります。

この五種類は仕組みを示すために選んだ離散的な値です。パルスなしでも別の時刻には再びそろうことがあり、図の曲線を、そのまま実機での不可逆な減衰や寿命として読めません。

戻らない分から、何を見分けるか

前半と後半で周波数ずれが違う場合、残る位相は2π(Δf後−Δf前)τです。たとえば前半1 kHz、後半1.5 kHz、各200マイクロ秒なら、最後にも36度が残ります。πパルスを正しく入れたことだけでは、この差は消えません。

五つの状態の条件 400マイクロ秒後のC この例で分かること
一定のずれ、パルスなし 0 平均した位相が打ち消し合う
一定のずれ、中央に理想πパルス 1 前半の位相差を後半で打ち消せる
後半のずれが各々1.5倍、中央に理想πパルス 約0.647 時間変動の差が残る

三行目は、同じ五つのずれを後半だけ1.5倍にした追加計算です。現実の雑音をこの変わり方だけで表したものではありません。また、πパルスは、環境へ失われたエネルギーや任意の未知状態を丸ごと復元する操作でもありません。有限のパルス時間、回転角の誤差、操作中の雑音も、実際の戻り方を変えます。

実験結果を比べるときは、エコーあり・なしの数字だけでなく、全待ち時間、パルスの配置と精度、測る信号の定義をそろえて読む必要があります。待ち時間を何通りも変えて減衰を調べるT2エコー測定と、この図のように一つの固定された待ち時間の途中経過を見る計算も別です。信号が戻れば、少なくともその条件では、そろえ直せる位相差が含まれていたと考えられます。戻らない分の原因を特定するには、周波数ずれの時間変化やパルス誤差などをさらに分けて調べます。

出典