原子にレーザーを当てる実験では、光の周波数を少しずつ変えながら、同じ場所を照らし続けたい場面があります。ところが、周波数を変えるための部品を操作すると、光の進む向きまで動くことがあります。そのずれを抑える工夫が、音響光学変調器を往復する「二重通過AOM」です。米国国立標準技術研究所(NIST)の2005年の論文を手がかりに、周波数の変化を重ねながら光軸を保つ仕組みを見ていきます。
簡単にまとめると?
- AOMは、結晶の中を進む音波を使って光を回折させる部品です。駆動する電波の周波数を変えると、光の周波数と回折角の両方が変わります。
- 往路と復路で適切な回折光を選ぶと、周波数のずれは2回分になり、出射方向の変化は打ち消せます。レンズと鏡の配置がその両立を支えます。
- 向きが保たれても、すべての周波数で同じ光量が得られるわけではありません。周波数範囲、回折効率、ファイバーへ入った後の光量を分けて比べる必要があります。
音波でできる格子が、光の周波数と向きを変える
AOMは音響光学変調器(acousto-optic modulator)の略です。高周波の電気信号、つまりRF信号で結晶内に音波をつくると、圧縮と膨張に伴って屈折率が周期的に変わります。この動く格子に入った光の一部が、別の方向へ回折します。
静止した格子と違い、格子そのものが進んでいるため、回折光は音波とのやり取りで周波数も変わります。ここでは、1回通るごとに光の周波数がRF周波数の分だけ上がる、正の1次回折光を使います。光を格子へ入れる角度には効率のよい条件があり、これをブラッグ条件と呼びます。
RF周波数を変えると、音波の波長が変わり、回折光の向きも変わります。周波数を掃引するたびに光がファイバーの入口から外れてしまうと、その先へ届く光量も揺れます。周波数を合わせる操作と、光を狙った場所へ届ける調整が絡み合うのです。
往復させると、周波数は2回分、方向は元へ
二重通過では、AOMを出た光をレンズと鏡で折り返し、もう一度AOMへ通します。論文の構成は、往路でも復路でも周波数が上がる回折を選びます。入射光の周波数をν、RF周波数をfとすれば、出てくる光はν+2fになります。
たとえば、この構成でRFを80MHzから85MHzへ動かすとします。入射光からの周波数のずれは、+160MHzから+170MHzへ変わります。RFの変更は5MHzでも、光の変更は10MHzです。これは仕組みを説明する算術例で、特定装置の測定結果ではありません。使う回折次数や向きを変えれば、周波数変化の符号や合計も変わります。
一方、往路で生じた角度の変化は、戻る経路と2回目の回折によって補償されます。ただ鏡を置いて光を往復させればよいわけではなく、掃引中も適切な位置と角度でAOMへ戻す必要があります。その役目を担うのが、キャッツアイと呼ばれるレンズと鏡の組合せです。
レンズと鏡で、折り返す光の向きをそろえる
論文では、折返し側のレンズと鏡をレンズの焦点距離だけ離し、AOMとレンズの間隔も焦点距離に合わせます。この配置では、AOMから異なる角度で出た光がレンズを通ると互いに平行になり、鏡へほぼ垂直に入ります。周波数を変えて回折角が動いても、鏡から適切な経路を戻れるようにする仕組みです。

図の右側が光を折り返す部分です。AOMと鏡の間にあるQWPを光が往復すると、直線偏光の向きが90度回ります。戻ってきた光は、偏光で行き先を分けるPBSによって入射経路から取り出され、図の上側にあるファイバーへ導かれます。周波数を変えるAOM、戻り方を整えるレンズと鏡、戻った光を取り出す偏光部品が、それぞれ別の役割を持っています。
なお、この2005年論文には2019年の訂正文があります。内容は、先行するRizaの1996年の類似構成への引用を補うものです。二重通過の仕組みをこの論文だけの最初の発明として扱うことはできません。
効率を比べるときは、どこで測った光量かを見る
光がAOMを2回通るため、回折による損失も2回分かかります。各通過の効率を同じηと近似すれば、2回でη²です。光軸が保たれることと、高い光量を保てることは別の条件になります。
2005年論文の実験では、波長852nmの光を使い、二重通過後の回折効率は最大75%、ファイバー結合効率は80%でした。両方を通した全体の効率は、0.75×0.80=0.60、つまり60%です。75%と60%を異なる装置の優劣として比べると、測定位置の違いを性能差と取り違えます。
| 見ている量 | 論文の測定例 | 比較するときの条件 |
|---|---|---|
| 二重通過の回折効率 | 最大75% | ファイバーへ入れる前の光量 |
| ファイバーまで通した効率 | 60% | 上記75%とファイバー結合80%を合わせた値 |
| 二重通過の周波数範囲 | 光周波数で68MHzの半値全幅 | RFの掃引幅とは2倍の関係。最大値の半分になる範囲であり、光量一定の範囲ではない |
周波数範囲にも同じ注意が要ります。論文本文の68MHzは、出力の光周波数で表した半値全幅です。RF周波数で読めば約34MHzになります。原論文の図4では横軸がRF周波数なので、図の幅をそのまま光周波数の幅として読むことはできません。また同じ図の単一通過の曲線はファイバー前、二重通過の曲線はファイバー後の測定であり、高さだけを直接比べられません。
この68MHzは2005年論文本文の値です。NISTの紹介ページの要約には60MHzと記載されていますが、ここでは原論文の本文と図を基準にしています。2019年の訂正文は、この数値差の訂正を述べているものではありません。
細く集めれば、いつでも効率が上がるわけではない
光を小さく集光すると、装置を小さくまとめやすくなります。ただし、強く集光した光は進行方向の広がりも大きくなり、すべての成分をブラッグ条件へ合わせにくくなります。二重通過ではその影響を2回受けるので、レンズの焦点距離、AOMを通る光の太さ、必要な掃引幅を一緒に選ぶ必要があります。
この構成は、現在の公開設計にも現れます。Open Quantum Designが公開するBloodstoneの装置説明では、イオンを光で操作する系に二重通過AOMと音響光学偏向器を組み合わせています。ただし、同ページの装置は建設・試験中の設計として記載されており、ここで紹介したNISTの効率や帯域が、その装置でも実証されたことにはなりません。
二重通過AOMを選ぶときに知りたいのは、必要な周波数範囲を動かしても同じ場所へ光を届けられるか、そしてその範囲でどれだけの光量が残るかです。光軸の補償だけで判断せず、RFと光の周波数幅をそろえ、実際に使うファイバーの先で光量を比べると、調整の目的がはっきりします。
出典
- E. A. Donley, T. P. Heavner, F. Levi, M. O. Tataw, S. R. Jefferts, Double-pass acousto-optic modulator system, Review of Scientific Instruments 76, 063112(2005年)、全6ページ。仕組み・配置・効率・帯域および図5の出典。
- E. A. Donleyほか, Erratum: Double-pass acousto-optic modulator system, Review of Scientific Instruments 90, 049901(2019年4月15日)、DOI:10.1063/1.5097130。著者掲載の訂正文。
- NIST, Compact Double-Pass Acousto-Optic Modulator System。紹介ページの要約と原論文本文で帯域の記載が異なるため、本文では後者を採用。
- Open Quantum Design, Devices、Bloodstoneの公開設計説明(2026年10月26日確認)。設計段階の用途例。
