磁気光学トラップで原子を中心へ戻す仕組み

淡い青の曲面の間で、外れた粒が金色の軌跡に沿って中央の原子雲へ戻る、磁気光学トラップの復元力を表す抽象アート

レーザーで原子の動きを遅くしても、その原子が同じ場所にとどまるとは限りません。ゆっくり動く原子も、時間がたてば観測したい領域から離れてしまいます。冷たい原子を一か所に集めるには、速度を落とす力に加えて、中心からずれた原子を戻す力が必要です。

その二つを組み合わせるのが磁気光学トラップ(magneto-optical trap、MOT)です。場所によって変わる磁場と、偏光を選んだレーザー光を使い、原子の位置に応じて押す向きを変えます。

簡単にまとめると?

  • レーザーによる減速だけでは、原子を中心へ戻す働きは生まれません。MOTは磁場によって光の吸収されやすさを位置ごとに変えます。
  • 中心から右へずれれば左向き、左へずれれば右向きに、光から受ける平均の力が偏るようにします。
  • 原子の温度、集められる範囲、保持時間は別々の性能です。MOTから別のトラップへ移す実験では、どの段階の値かも大切です。

原子の位置を、吸収する光の違いへ変える

原子は、どの周波数の光でも同じように吸収するわけではありません。内部のエネルギー状態を移るのに合う周波数の近くで、光を吸収しやすくなります。この共鳴からレーザーの周波数を少し低くすることを、赤方離調と呼びます。

向かい合う光を当てると、動いている原子にはドップラー効果によって二つの光が異なる周波数に見えます。適切な条件では、進行方向と反対から来る光を多く吸収し、その光の運動量を受け取って減速します。これが光モラセスの基本となる働きです。

ただし、中心から少し右へずれた原子が、いまは静止しているとします。左右の光が同じ条件なら、位置がずれたという理由だけでは左へ押し戻せません。MOTではここにゼーマン効果を使います。磁場によって原子のエネルギー準位が分かれ、光と共鳴する条件が変わる効果です。

磁場の向きや強さが中心の両側で変わるようにすると、原子の位置に応じて共鳴条件も変わります。さらに、左右から入れる光の円偏光を選びます。円偏光は電場の向きが回転する光で、その回転の性質によって原子に起こせる遷移が異なります。磁場と偏光を組み合わせることで、右側の原子には左へ進む光が、左側の原子には右へ進む光が、より強く作用する配置を作れます。

原図で見る、中心へ向かう力

下図は、NISTの研究者らによる2017年の冷却原子真空標準の論文にあるMOTの説明図です。仕組みを見やすくするため、基底状態の角運動量が J = 0、励起状態が J = 1 という単純化した原子を使っています。実際のアルカリ原子の全準位を描いた図ではありません。

磁気光学トラップの模式図。上段は位置zによって分かれる励起準位と左右から来る円偏光、下段は中心の左右で向きが反転する力Fを示す。
図:Scherschligt ほか「Development of a new UHV/XHV pressure standard (Cold Atom Vacuum Standard)」、図2。原図の上下の模式図を抜粋。図中の記号は原資料のまま。NIST公開原稿、図は13ページ・説明は14ページ。

上段の斜めの線は、位置 z によって励起準位のエネルギーが変わる様子です。中央の B = 0 は、磁場がゼロになる場所を示します。左右の σ+、σ− は、異なる遷移を起こす円偏光を表しています。これは光の強弱を示す記号ではありません。

下段では、横軸の位置と、縦軸の力 F を対応させています。中心の右側では力が負、左側では正になるため、どちらにずれても中心へ戻る向きです。原子を戻す主な力は、この例では磁石が直接引く力ではなく、左右で異なる割合で散乱する光から受け取る運動量です。磁場は、どちらの光が効きやすいかを場所ごとに変えています。

力の曲線は、中心から遠くまで直線で伸びてはいません。中心近くの「ばねのように戻す」という見方を、そのまま無限に広い範囲へ当てはめることはできません。また、一度の光の放出方向は一定ではないので、この曲線は一個一個の反動ではなく、平均としての力を表します。

三次元へ広げても、冷却と保持は分けて考える

通常の三次元MOTでは、三つの軸に沿う対向光と、中心付近で磁場に勾配を作るコイルを組み合わせます。速度に応じた減速と、位置に応じた復元が同時に働くことで、原子の雲を中心付近に集めます。Steven Chuの1997年の講演では、多準位の原子で光ポンピングが準位の占有を変え、散乱率の差から復元力を生む様子も説明されています。単純な二つの光だけの模型から実機へ進む際には、こうした内部状態も関わります。

装置の説明で「低温の原子を捕獲した」とあっても、温度だけで用途への適合は決まりません。比較するときには、次の値を分けると実験の違いが見えてきます。

見る量 分かること 一緒に見る条件
温度 原子の速度のばらつき 冷却の段階と温度の測定方法
捕獲できる原子・範囲 どこから、どの程度速い原子まで集められるか 光が届く領域、周波数、強さ、磁場の勾配
保持時間 集めた原子がどれだけ残るか 真空中の残留気体との衝突、使用するトラップと損失要因

たとえば、光で集める段階のMOTと、その後に光を消して原子を保持する磁気トラップでは、働く仕組みが異なります。2017年のNISTの論文は、MOTで用意した原子を別の保守的なトラップへ移し、残留気体との衝突で失われる速さから真空を測る構想を説明しています。「保守的」とは、理想的にはポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの間でエネルギーをやり取りする、という意味です。この原稿にある開発計画を、現在の装置の達成性能と読み替えることはできません。

MOTの役割は、原子を冷やすだけでなく、次の測定や操作を始められる場所へ集めることにあります。レーザーの減速作用に、位置を知らせる磁場と遷移を選ぶ偏光が加わることで、中心へ戻る道筋が生まれます。

出典