目には見えない赤外光から、物体の形や中身の手がかりを得る。その入口になる受光材料に、鉛を使わない量子ドットの選択肢が加わりました。田中貴金属工業と名古屋大学は2026年10月20日、銀・硫黄・テルルからなるAg-S-Te量子ドットの開発を発表しています。小さな半導体粒子を膜にして光センサへ組み込み、短波長赤外光に応答することを評価した成果です。
簡単にまとめると?
- Ag-S-Te量子ドットを簡易的な光センサの受光層に使い、1200〜1700 nmの短波長赤外域で最高18.4%の外部量子効率を得たと報告しています。
- 粒子を塗布し、表面の保護剤を交換して洗浄する工程を繰り返し、受光層を作ります。光を吸収する材料と、電荷を取り出す周囲の層を組み合わせる点が鍵です。
- サンプル提供は2027年1月の予定です。量産カメラの完成や、感度・速度・耐久性の総合的な優位まで示した発表ではありません。
受けたい赤外光に、材料の選択肢を増やす
カメラや光センサでは、光が当たったときの電気的な変化を読み取ります。ただし、どの波長でも同じように反応するわけではありません。受けたい波長の光を吸収でき、そこで生まれた電荷を外へ取り出せる材料と構造が必要です。
今回の対象は、短波長赤外、SWIRと呼ばれる領域のうち1200〜1700 nmです。発表では、従来の受光材料としてインジウム・ガリウム・ヒ素からなるInGaAsを、塗布による成膜が可能な候補として硫化鉛、PbSの量子ドットを挙げています。Ag-S-Teは、後者のように小さな粒子を膜へ加工する方法を取りながら、鉛やカドミウムを含まない組成を選んだ材料です。
量子ドットは、数ナノメートルほどの半導体粒子です。組成や粒子の大きさによって光の吸収・発光の性質を調整できるため、材料の設計と、センサとしての作り方を一緒に検討できます。今回の発表は、その候補を受光層として実装したところまで進めたものと読めます。
粒子を置くだけでは、光センサにならない
発表資料の成膜図では、基板に量子ドットを載せた後、表面を覆う保護剤を別のものへ交換し、不要な成分を洗い流しています。この三つの工程を繰り返して受光層を形成します。塗布できることと、完成したセンサを一工程で印刷できることは、ここでは分けて考える必要があります。
評価用デバイスの断面には、量子ドットの活性層に加え、ホール輸送層、電子輸送層、導電性ガラス、電極が示されています。活性層は光を受けて電荷を生む場所です。ホールは正の電荷を持つ担い手として振る舞い、電子とそれぞれの輸送層を通って取り出されます。吸収した光が電気信号になるには、粒子の光学特性だけでなく、この移動と取り出しまでつながることが大切です。
たとえば、膜が光をよく吸っても、発生した電荷が途中で失われれば、外に出る信号は小さくなります。そのため、粒子の吸収スペクトルと、電極を含むデバイスで測った応答は同じ評価ではありません。今回は簡易センサでの測定なので、材料を単独で観察した結果から一歩進んでいます。
18.4%は、どの効率を表すのか
報告されている数値は外部量子効率、EQEです。入射した光子の数に対して、外部回路へ取り出せた電荷の数がどの程度かを見る指標で、光のエネルギーを電力へ変える効率そのものではありません。同じ測定条件を仮定すると、EQEが18.4%なら、入射光子100個に対して電荷を約18.4個取り出す割合に相当します。これは数値の意味を説明する例で、新たな実測結果ではありません。
資料のグラフは500〜2000 nmにわたるEQEの変化を示しています。可視域には別の高い山があり、18.4%はグラフ全体の最大値ではなく、発表で取り上げた短波長赤外域の最高値です。また、1200〜1700 nmのどこでも18.4%になるという意味でもありません。目的とする照明や対象物の波長が決まっているなら、その位置での応答を見ることになります。
一方、発表には測定時のバイアス電圧や入射光量、暗電流、応答速度などの比較に必要な条件が十分には掲載されていません。暗電流は光を当てていないときにも流れる電流で、微弱な光による信号を見分けるうえで重要です。EQEの一つの最大値だけで、別方式のセンサより小さな信号を検出できるとは判断できません。
| 知りたいこと | 今回分かることと、次に必要な評価 |
|---|---|
| 使いたい赤外波長を受けられるか | 簡易デバイスのSWIR応答が示された。用途の波長におけるEQEと、実際の照明条件での応答を確かめたい。 |
| 弱い光や動く対象を捉えられるか | 暗電流・雑音・応答速度を合わせた比較が必要。今回の最高EQEだけでは決まらない。 |
| 大面積のセンサへ作り込めるか | 塗布による受光層の形成工程が示された。膜の均一性、画素間のばらつき、周辺層との適合は別の評価になる。 |
| 製品のコストや寿命に利点があるか | 工程簡素化や回収・再利用は期待として述べられている。量産歩留まり、実コスト、経時変化の数値は今回の資料から比較できない。 |
サンプル評価へ進む段階
田中貴金属工業は2027年1月からのサンプル提供を予定しています。10月31日に確認した発表内容では、既に提供が始まったとはされていません。また、共同発表では11月1〜6日のOkinawa Colloidsで紹介するとしています。主催者の公式日程も同じ期間を示していますが、そこでの発表が実施されたことを先取りするものではありません。
今後の評価で意味を持つのは、使いたい波長で必要な信号が得られるか、既存の成膜工程に適合するか、暗い場所や長時間の使用でも性能を保てるか、といった用途側の条件です。鉛を使わない組成と塗布による加工は、その検討を始める理由になります。そこから製品としての利点へつなぐには、今回の簡易センサの結果を、同じ測定条件での比較と実装評価へ広げていく段階です。
この材料を共同開発した田中貴金属工業の事業は、Cyclewaveの田中貴金属工業の企業解説で紹介しています。工業用材料の供給と、使い終えた貴金属の回収・再利用がどうつながるかを知るための案内です。
