二つの薄い半導体を重ねた素子に電流が流れていても、その電流が狙った境目を通っているとは限りません。別の場所を迂回していれば、端子で測った電流だけから素子の仕組みを判断するのは難しくなります。横浜国立大学と防衛大学校の研究チームは、この問題に対し、動作中の材料が出す光を使って、電子が注入される界面を見分ける方法を示しました。
対象は、単層のセレン化タングステン(WSe2)と二硫化モリブデン(MoS2)を重ねた二次元ダイオードです。横浜国立大学は2026年10月27日に成果を発表し、論文は10月20日付の『Applied Physics Letters』に掲載されています。手掛かりになったのは、電圧をかける向きによって大きく変わる、トリオンと呼ばれる状態の発光でした。
簡単にまとめると?
- WSe2/MoS2ダイオードを光で励起し、電圧を変えながら場所ごとの発光スペクトルを測りました。
- 順方向の電圧では、単層同士の界面で負のトリオンの発光が約18倍に増強しました。逆方向や各材料だけの領域では、同様の変化はほとんど見られませんでした。
- 光による局所測定と、迂回する電流経路を除いた後の電気測定を組み合わせ、機能を担う界面を絞り込んでいます。非破壊の発光測定と、材料を除去する検証工程は別です。
端子で測る電流と、材料のどこで起こるか
ダイオードは、電圧をかける向きによって電流の流れやすさが異なる素子です。今回の構造では、性質の異なる二つの原子層半導体を重ねています。このように薄い材料同士をファンデルワールス力で積み重ねたものを、ファンデルワールスヘテロ構造と呼びます。
理想的には、重なった界面が電荷の受け渡しを決めます。ただし、実際の試料には層の厚さの違いや、横方向へ流れる経路などもありえます。たとえば、目的の接合と並んで別の通り道があると、端子で測る電流には両方の寄与が混ざります。電流がよく流れたという結果だけでは、どの場所がダイオードとして働いたかまでは分かりません。
そこで研究チームは、測定する位置を選べる空間分解フォトルミネッセンス(PL)測定を使いました。光を照射した材料から出る発光を、エネルギーごとに分けて調べる方法です。電圧をかけた素子を光学的に読み出す実験であり、電流を流すだけで発光するLEDの効率を測った研究ではありません。
電子が加わると、トリオンの発光が変わる
半導体に光を当てると、励起された電子と、電子が抜けた場所に対応する正孔が生じます。電子と正孔が引き合った状態が励起子です。そこへ電子がもう一つ結びつくと、全体として負の電荷を持つ負のトリオン(荷電励起子)になります。
研究では、順方向に電圧をかけるとWSe2の負のトリオンに由来する発光が強くなりました。逆方向ではスペクトルはほとんど変わりません。研究チームは、この非対称な応答について、電場が発光を変える働きだけでは説明できず、MoS2側からWSe2側へ電子が注入され、トリオンの生成が促されることを反映していると説明しています。
つまり、発光の強さを単独で眺めるのではなく、どの種類の発光が、どちら向きの電圧で増えたかが重要です。トリオンに結びつく発光成分を追うことで、材料の中に電子が加わる過程を調べられます。個々の電子が移動する軌跡を動画として撮影したわけではありません。
約18倍と約1.8倍は、測る領域の違い
大学の発表では、複数の界面や電流経路を含む広い領域で見た発光の増強は約1.8倍でした。一方、測定位置を単層WSe2と単層MoS2の界面に限定すると、約18倍の増強が観測されました。孤立したWSe2領域やMoS2領域には、同様のスペクトル変化はほとんど見られませんでした。
この比較は、素子のどこでも一様に発光が増えたのではなく、特定の重なり部分に変化が集中したことを示します。広い範囲をまとめて測ると、応答する場所と応答しない場所が一緒に観測され、局所的な特徴が見えにくくなります。
ただし、18と1.8の比から、界面の電子注入効率が10倍高いと計算することはできません。二つは測る領域が異なる発光の増強率で、電流や注入電子数を同じ条件で直接比較した値ではないためです。また、この約18倍は報告された試料・測定条件での結果であり、すべての二次元ダイオードに保証される倍率でもありません。
迂回路を取り除くと、整流特性が現れた
光学測定だけでなく、電気的な検証も行われました。デバイス内にあった寄生的な電流経路を、レーザーアブレーションで選択的に取り除いています。レーザーアブレーションは、光を使って材料の一部を除去する加工です。
すると、それまで不明瞭だった電流と電圧の関係に、明確な整流特性が現れました。研究チームはこの結果も合わせ、観測したダイオード動作が単なる層厚の違いや横方向の輸送ではなく、単層WSe2/単層MoS2界面に由来するとしています。
ここでいう「非破壊」は、材料を除去せずに位置ごとの発光を測るPLの特徴です。今回の検証には、別途、電流経路を削る工程も含まれます。研究の全工程を非破壊で済ませたと受け取らないことが大切です。
重なった層のどこを改良すればよいか、光から考える
薄い材料を積み重ねる素子では、設計した接合が実際に働いているかを確かめることが、次の改良につながります。端子間の電流を測り、電圧の極性を変え、発光する位置と成分を照合する。今回の研究は、それぞれの測定を組み合わせることで、複雑な電流経路の中から機能を担う界面を絞れることを示しています。
たとえば発光が期待どおり変化しない場合も、界面そのものの応答が弱いのか、ほかの経路の寄与が測定に混ざっているのかでは、見直す箇所が異なります。局所的な光学応答は、その切り分けに役立つ情報です。ただし、今回の結果から直ちに、あらゆる欠陥の種類や接触抵抗まで判定できるわけではありません。
今後の方向として、研究チームは別の二次元半導体や複合デバイスへの展開を挙げています。光検出器やセンサーなどの開発にもつながる可能性がありますが、本研究の主な成果は、新製品の性能向上率ではなく、動作中の界面を調べる評価手法です。発光を「明るくなった」という一つの結果で終わらせず、電圧の向きと場所をそろえて読むことが、薄い接合の働きを理解する手掛かりになります。
出典
- 横浜国立大学「二次元ダイオードの機能界面を光を活用して特定」(2026年10月27日)。大学発表の概要、研究成果、用語説明を参照。
- Yasuyuki Hirata, Hibiki Kinpara, Shinya Ohno, Yoshihiro Miyauchi, “Optical signature of bias-induced carrier injection in a WSe2/MoS2 heterostructure diode”, Applied Physics Letters 129, 163504(2026年10月20日オンライン公開)。
