九州大学、島状の極薄IrMnでスピンの受け渡しを改善

淡い二つの面の間に小さな島状の粒を散らし、細い光の流れが境目を越える様子を表した抽象画

熱を電気として回収するには、材料の中で生まれた信号を、取り出し口まで弱めずに届ける必要があります。電子の「スピン」を使う発電でも、その途中にある材料の境目が大切です。九州大学は2026年10月28日、磁性体と白金の間にごく薄いイリジウムマンガン(IrMn)を挟むと、スピンの受け渡しに関わる信号が強まる研究を発表しました。

特徴は、挟む金属を厚くすればよいわけではないことです。調べた範囲では、IrMnの膜厚を0.3ナノメートルに設定した試料で応答が最も強くなりました。連続した膜になる前の、島状の構造が手掛かりになっています。論文の公開は9月30日で、今回はその成果を大学が紹介したものです。

簡単にまとめると?

  • 磁性絶縁体YIGと白金の界面にIrMnを挿入し、熱から生まれるスピン流と、電流から生まれるスピン流を使った二つの測定を比べました。
  • IrMnを0〜1ナノメートルの範囲で変えると、0.3ナノメートルの試料でスピンゼーベック電圧とスピンホール磁気抵抗の応答が最大になりました。厚くした試料では増強が失われます。
  • 材料の厚さに加え、島状か連続膜かという形にも設計の意味があります。電池不要の機器などは将来の応用先で、今回それを完成させたわけではありません。

電荷を運ばずに、スピンを隣の材料へ渡す

スピンは電子が持つ角運動量の一つです。スピン流はその角運動量の流れを表し、電荷の流れである電流とは区別されます。研究に使われたYIGは、イットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)という磁性絶縁体です。電気を通しにくくても、スピンの働きは材料の中を伝わります。

YIGに温度差をつけると、熱の流れに伴ってスピン流が生じます。これがスピンゼーベック効果(SSE)です。そのスピン流を隣の白金(Pt)へ渡すと、白金の逆スピンホール効果によって電気信号に変換でき、電圧として測れます。

ここでは、熱から信号を生む働きだけでなく、YIGと白金の境目をどの程度通過できるかも結果を左右します。研究チームが着目したのは、この界面でした。YIGの上にIrMnを成膜し、さらに白金を重ねることで、挿入層のないYIG/白金と応答を比較しています。

熱からの測定と、電流からの測定を突き合わせる

スピンゼーベック電圧が大きくなったという結果だけで、界面の働きをすべて決められるわけではありません。そこで研究では、スピンホール磁気抵抗(SMR)も測りました。

こちらは白金に電流を流すところから始まります。スピンホール効果で生じたスピン流が隣の磁性体と相互作用し、磁化の向きによって吸収・反射の様子が変わります。その違いが、白金側の電気抵抗の変化として現れます。温度差から電圧を得るSSEとは、信号を送り出す側も、測る量も異なります。

測定 出発点と、観測するもの
スピンゼーベック効果 YIGに温度差を与え、白金で取り出す電圧を見る。
スピンホール磁気抵抗 白金に電流を流し、隣接する磁性体の磁化方向に応じた抵抗変化を見る。

二つの応答から、界面でのスピン角運動量の受け渡しを表すスピン混合コンダクタンスを計算すると、よく一致しました。大学の説明では、これがスピンを送り出す過程と吸収する過程に共通する界面の働きを支持しています。異なる測定が同じ方向を指す点が、この研究の重要な根拠です。ただし、試料の各界面がそれぞれどれだけ寄与するかは、今後さらに調べる必要があります。

0.3ナノメートルは、均一な一枚の膜を意味しない

IrMnの厚さを0から1ナノメートルまで変えた実験では、0.3ナノメートルの試料でSSE電圧とSMRの応答が最も強くなりました。IrMnをさらに厚くすると、その増強は失われました。

この厚さを、表面のどこを測っても0.3ナノメートルある平らな膜、と考えると研究の意味を取り違えます。大学の説明では、極薄のIrMnは一様につながらず、島のように存在する構造になります。したがって、成膜時に設定する厚さと、実際に界面を覆う形を併せて見る必要があります。

構造解析を踏まえた日本語発表は、IrMnが連続膜になるとスピン流の伝播が減衰し、島状で存在するときに伝播を促すと説明しています。一方、英語発表は、島状構造が界面のスピン輸送に影響しうることを示しつつ、個々の界面の寄与には検討が残るとしています。ここから言えるのは、今回の積層構造では厚さと形の制御が有効だったということです。あらゆる磁性体や金属の組み合わせに通用する最適値が0.3ナノメートルだ、という結論ではありません。

発電素子を比べるときは、信号の増強と出力を分ける

たとえば、機器の排熱を利用する小さなセンサーを考える場合、取り出せる電圧が増えることは有用な手掛かりです。しかし、センサーを動かすには、温度差がどれだけ確保できるか、負荷につないだときにどれだけ電力を供給できるかも問題になります。電圧や磁気抵抗の応答が強くなったことを、そのまま機器全体の発電効率や消費電力の改善率に読み替えることはできません。

今回の研究を次の設計へつなぐなら、まず同じ材料構成・測定条件で挿入層の有無を比べ、次に厚さを変えたときの構造と信号を対応させる、という見方が役立ちます。実装へ進む段階では、島状構造を安定して作れるか、必要な温度条件や大きさでも利点が残るかが問われます。

研究チームは、将来的な応用としてスピンゼーベック発電を使う電池不要の情報機器などを挙げています。現時点の成果は、その機器の完成や実用電力の実証ではなく、スピンを材料の境目で受け渡す方法についての知見です。「挟む材料を増やす」よりも、「ごく薄い材料をどのような形で置くか」が性能に関わることを、二つの測定から示しています。

出典

  1. 九州大学「極薄イリジウムマンガン層によるスピン輸送の増強」(2026年10月28日)。発表資料PDF。
  2. Kyushu University, “How an ultrathin metal layer enhances spin-related signals and opens a door for potentially better spintronics”(2026年10月28日)。同じ研究の英語発表。
  3. Amirah Zahrinほか, “Role of ultrathin IrMn layer between Y3Fe5O12 and Pt in enhancement of spin Seebeck effect and spin Hall magnetoresistance”, Materials Today Physics, 68, 102247(オンライン公開2026年9月30日、巻の刊行月は11月)。