光を二つの道へ半分ずつ分ける部品でも、量子回路で何に使うかによって、許されるずれは変わります。二つの光子を干渉させる用途では十分な精度でも、偏りの小さい乱数を取り出す用途では、さらに厳しい分配比が必要になることがあります。
米セントラルフロリダ大学のNaïl Letty氏らは、2026年11月1日に公開したプレプリントで、シリコン製ビームスプリッターの加工ばらつきが、量子操作の性能条件を満たす割合にどう響くかを調べました。部品の形を計算で最適化する「逆設計」に、用途ごとの合格条件をつなぐ研究です。結果は電磁場シミュレーションに基づき、実際に製造したチップの歩留まりを測定したものではありません。
簡単にまとめると?
- 製造ばらつきによる光の分配比のずれを、干渉の見えやすさや乱数の偏りへ換算しています。同じ「0.99」という条件でも、必要な分配精度は同じになりません。
- 左右対称のY字型分岐は、今回の計算では方向性結合器より分配比のばらつきが小さくなりました。ただし、中心値が50対50からずれていると、ばらつきが小さくても条件を満たす割合は下がります。
- 報告された割合は、仮定した加工誤差を各100通り与えた計算の結果です。実機の光子の性質、検出器、損失、製造工程全体まで含む性能保証にはなりません。
発光する波長に、光回路の部品を合わせる
研究の対象は、シリコン中の特定の原子配列の欠陥を使うTセンターとAl1センターです。スピンと光を結びつける候補で、それぞれ約1326nm、1482.44nmの光を扱います。光源側の波長を自由に変えにくいため、部品が半分ずつ分けやすい波長へ、光源を都合よく合わせられるとは限りません。
研究チームは二種類の部品を設計しました。一つは、入口が一つ、出口が二つのYスプリッターです。もう一つは、近接させた二本の導波路の間で光を移す、入口も出口も二つある方向性結合器です。前者は一つの光子を二つの経路へ分ける用途、後者は別々の入口から来る二つの光子を干渉させる用途を主に想定しています。
逆設計では、欲しい光の通り方を先に決め、シリコンと空気の配置を少しずつ変更して、その条件に近づけます。今回の設計領域はYスプリッターが約2.9µm²、方向性結合器が26µm²です。これは接続用の導波路を除いた面積で、量子回路全体の大きさではありません。
加工の誤差が、左右の分配に現れるまで
設計図どおりの部品だけで評価すると、量産したときの違いを見落とします。そこで研究チームは、各部品・各波長について100通りの加工ばらつきを与え、光の伝わり方を計算しました。含めたのは、加工境界全体のずれ、境界の細かな凹凸、シリコン層の厚さ、屈折率の変化です。たとえば厚さの標準偏差を3nmとするなど、具体的な誤差モデルを置いています。
ここでいう分配比rは、二つの出口へ伝わった光のうち、片方へ進む割合です。r=0.5なら50対50、r=0.52なら52対48です。入口から入った光がどれだけ失われたかを表す透過率とは、分母が違います。
Yスプリッターは、二つの枝が鏡写しになる形です。厚さや屈折率が一様に変わっても、左右の対称性が保たれれば、相対的な分配は崩れにくくなります。一方、方向性結合器では、二本の導波路の間隔や光学的な性質が変わると、隣へ移る光の量も変化します。
今回の誤差モデルで得られた分配比の標準偏差は、Yスプリッターで約0.0023〜0.0034、方向性結合器で約0.020〜0.024でした。前者のばらつきは、対応する波長で比べると約7〜9分の1です。ただし、二つの部品は入口の数も役割も異なり、単純にYスプリッターへ置き換えればよいという比較ではありません。
0.99を求めるとき、用途によって許されるずれが変わる
光の分配が少し偏った場合、量子状態や干渉、乱数には、それぞれ異なる形で影響が出ます。研究では分配比rから、次の三つの指標を計算しています。
| 評価するもの | 0.99を求めるときの分配比の許容幅 |
|---|---|
| 二経路で表す量子状態の忠実度。位相を補正したうえで、理想的な均等状態にどれほど近いか | r=0.5から約±0.0995 |
| HOM干渉の可視度。区別できない二光子が、別々の出口で同時に検出されにくくなる効果の強さ | r=0.5から約±0.0354 |
| 乱数の最小エントロピー。次の出力を当てやすい側の確率から評価する、検出1回あたりのランダムさ | 0.99ビットを求めると約±0.0035 |
たとえば52対48の分配を考えると、このモデルのHOM可視度は約0.9968ですが、最小エントロピーは約0.943ビットになります。最小エントロピーは、二つの出力のうち出やすい方を予想したときの当たりやすさから決まるため、小さな偏りにも敏感です。
0.943ビットだから乱数として使えない、という意味ではありません。偏りを考慮して後処理で出力を圧縮し、より均等な乱数を取り出す際の制約になります。部品単体の分配比と、最終的に得たい乱数の量・条件を結びつけて考える必要があります。
ばらつきの小ささと、50対50からのずれを分ける
研究でいう「歩留まり」は、指定した性能条件を満たした計算例の割合です。HOM可視度0.99以上を条件にすると、方向性結合器はTセンター向けが68例/100例、Al1センター向けが91例/100例でした。95%信頼区間は、それぞれ約58〜77%、84〜96%です。試行数100から得た割合には、この程度の統計的な幅があります。
興味深いのは、Tセンター向けの方が分配比のばらつき自体は小さいのに、合格した割合は低いことです。分布の中心が約0.475にずれ、Al1センター向けの約0.498より50対50から離れていました。結果の散らばりを狭めるだけでなく、その中心を用途の許容範囲へ合わせることも必要です。
計算上のずれにも注意が要ります。Tセンター向けYスプリッターでは、数値計算の格子へ材料の配置を写す処理がわずかに左右非対称になり、分配比の中心が約0.495になっています。最小エントロピー0.99ビットを満たす割合は、そのままの計算結果では26%でした。研究チームがこの数値上の偏りを除き、左右対称な設計の50対50を基準に評価し直すと90%になります。論文要約の90%は、この補正後の評価であり、製造した100個のうち90個が合格したという結果ではありません。
良い分配比だけでは、回路全体の性能は決まらない
この研究は、分配比のずれが用途ごとの性能に与える影響を取り出したものです。実際のHOM干渉では、二つの光子の周波数・偏光・到着する波形の違いや、部品を通った光の位相も効きます。加工誤差を与えた全計算例について、二入力それぞれの複素振幅まで求めた評価ではありません。
また、光が左右均等に失われる場合、通り抜けた光子だけを選んだ状態の質が保たれても、成功する回数は減ります。二つの光子がともに通る必要がある用途では、部品の透過率による成功確率への寄与はおおむね透過率の二乗になります。分配の正確さと、光を失わず届けることは別に確認する必要があります。
今回の100通りのモデルは、ウエハー全体での系統的なずれや、近隣の部品どうしで関連する製造誤差をすべて含むものでもありません。新しい設計を比べる際には、名目上の「50対50」や低損失だけでなく、どの用途を、どの誤差モデルと性能条件で評価したかを見る。この論文は、その比較を計算の中で具体化しています。実際の製造と測定、光源や検出器まで含めた回路での検証は、今後に残されています。
出典
- Naïl Letty, Tahmeed Ul Islam, Wayesh Qarony, From Fabrication Disorder to Quantum-Protocol Yield in Inverse-Designed Silicon Photonic Beam Splitters、arXiv:2611.02209v1、2026年11月1日公開。本文・補足資料PDFの2.2〜2.3節、3.2〜3.3節、S3〜S7を参照。公開時点のプレプリントで、査読済み論文としては扱っていません。
