量子ビットにある操作をかけると、その状態の「向き」だけが変わることがあります。その向きの変化を、別の量子ビットの測定結果へ表す仕組みが、位相キックバックです。量子位相推定などの回路を読むとき、どちらに操作し、どちらから情報を取り出すのかをつなぐ手掛かりになります。
ここで「対象を変えずに」といえるのは、対象がその操作の固有状態になっている場合です。制御ビットと対象ビットを一つずつ使う理想計算で、位相が測定確率へ現れる過程を追います。固有状態でない入力では事情が変わることも、最後に確かめます。
簡単にまとめると?
- 対象が操作Uの固有状態なら、制御Uによって対象の状態を保ったまま、制御ビットの二つの成分の間に相対位相を作れます。
- 位相を作っただけでは、制御ビットを通常の0・1で測る確率は変わりません。測定前に成分を干渉させると、位相の違いが確率に現れます。
- 一種類の読み出しでは異なる位相が同じ確率になることがあります。測る向き、繰り返し回数、対象が固有状態かを分けて確認します。
対象にかかる操作が、制御側へ現れるまで
操作Uをかけても、全体に同じ位相が付くだけの状態を、Uの固有状態と呼びます。これを|u⟩と書くと、U|u⟩=exp(iθ)|u⟩です。exp(iθ)は、複素数を矢印で表したときに角度θだけ回す因子です。対象だけを見れば、全成分に同じ因子が付いても測定確率は変わりません。
一方、制御Uは、制御ビットが0の成分には何もせず、1の成分にだけUをかける操作です。制御側を、0と1が同じ振幅で重なった|+⟩=(|0⟩+|1⟩)/√2に準備し、対象を|u⟩にします。入力全体は(|0⟩|u⟩+|1⟩|u⟩)/√2です。
制御Uの後は、(|0⟩|u⟩+exp(iθ)|1⟩|u⟩)/√2となります。共通の|u⟩をくくると、[(|0⟩+exp(iθ)|1⟩)/√2]⊗|u⟩です。対象は|u⟩のまま、制御側の0と1の間に相対位相θが残りました。全体に付く位相と、二つの成分の間の位相の違いを分けることが、この仕組みの要点です。[1]
「キックバック」という名前でも、物体が跳ね返ったり、位相という物質が移動したりする説明ではありません。条件付きの操作を、全体の量子状態として書き直すと、対象の固有位相を制御側の相対位相として取り出せる、という意味です。
相対位相を、0が出る確率へ変える
制御側の二つの振幅は1/√2とexp(iθ)/√2です。大きさの二乗はどちらも1/2なので、このまま0・1を測っても位相は読めません。そこでアダマール操作Hをかけ、二つの成分を足し合わせる側と引き合わせる側へ分けます。
0の振幅は(1+exp(iθ))/2、1の振幅は(1−exp(iθ))/2となります。したがって、0が出る確率は(1+cos θ)/2、1は(1−cos θ)/2です。[1] θ=0なら0が必ず出て、θ=πなら1が必ず出ます。位相を作る操作と、その位相を干渉で読み出す操作は別の段階なのです。
これは、制御ビットをX方向で測る方法とも呼べます。装置が最後に通常の0・1を測るときには、直前のHで測定の向きを変えています。1回で得られるのは0か1のどちらかであり、確率そのものではありません。同じ準備と操作を繰り返した結果から頻度を求め、確率を推定します。
45度と315度は、一つの向きでは区別できない
具体例として、対象を|1⟩、Uを対角行列diag(1, exp(iθ))にします。位相を一周に対する割合φで表し、θ=2πφと置きます。φ=1/8は45度、φ=7/8は315度です。どちらもcos θ=√2/2なので、X方向の読み出しでは、0が出る確率が同じ約0.8536になります。
違いを読むには、もう一つの向きを使います。今回のY方向の読み出しでは、制御側の1の成分を−90度回すS†をかけ、その後にHをかけて0・1を測ります。0の確率は(1+sin θ)/2になります。φ=1/8なら約0.8536、φ=7/8なら約0.1464です。X方向で同じだった二つの位相を、Y方向の結果が分けます。

図は4成分の全体系を制御Uで直接計算し、対象を合計して得た制御側の確率を、上のcos・sinの式と照合したものです。φ=0、1/8、1/4、1/2、7/8でも一致を確認しました。原論文ではiUを使ってsinの情報を得る形が示されています。[1] ここではS†を選び、0の確率に+sinが現れる約束にそろえています。位相を足す符号と、0・1のどちらを数えるかが違えば、式の符号も変わります。
固有状態でないと、対象はそのままとはいえない
対象を複数の固有状態の重ね合わせにすると、それぞれの固有位相が制御側と対応します。位相が異なる成分を含む一般の場合、制御側と対象側にもつれが生まれ、前のように一つの制御状態と一つの対象状態の積には分けられません。
簡単な反例は、U=Z=diag(1, −1)、制御も対象も|+⟩の場合です。制御Zの後は、全体が(|00⟩+|01⟩+|10⟩−|11⟩)/2になります。どちらか片方だけを見ると、その状態は0と1が等確率の混合状態です。対象はもとの純粋な|+⟩と同じではありません。対象の0・1の確率だけは前後とも1/2ですが、成分間の関係まで同じとはいえないのです。
この例でもX方向で0が出る確率は1/2です。しかし、それを「一つの固有位相が90度だった」と読み替えることはできません。単一の固有状態を準備したという条件を外すと、観測値の意味も変わります。
回路の結果を比べるときに残す条件
まず、Uの定義と、対象に準備した状態を残します。次に、制御Uが使える前提なのか、その実装まで数えたのかを分けます。Uを普通に実行できることだけから、任意のUを条件付きで同じ費用で実行できるとは限りません。原論文でも制御付き操作の構成条件を別に扱っています。[1]
読み出しについては、XかYか、位相の符号、0と1のどちらの頻度かをそろえます。異なる向きの測定は、同じ準備をやり直した別々の試行で行います。二つの期待値を一度の測定で正確に取り出す、という意味ではありません。
最後に、理想確率、有限回の測定による統計的な揺らぎ、装置の誤差を分けます。本稿の数値は小さな理想行列の計算です。実機性能や最適な測定回数を示してはいません。対象の条件、干渉させる操作、測る向きを順に追うと、どの情報が結果に現れ、どこまで判断できるかを確認できます。
参考資料
- [1] A. Yu. Kitaev, Quantum measurements and the Abelian Stabilizer Problem, arXiv:quant-ph/9511026v1(1995年11月20日)。2.4.4節の制御付き操作、3節の式(16)・(17)とcos・sinの読み出しを参照。本文の二つの位相、S†による符号の選択、制御Zの反例、図はその定義を用いた独自計算です。
