量子テレポーテーション、状態を移すのに古典通信が必要な理由

空の白いくぼみと二つの桃色の小片が、緑の曲線に沿う薄紫の扇状の造形へと並ぶ、淡色の抽象的な構図。

量子テレポーテーションは、粒子そのものを瞬間移動させる手順ではありません。送り手が持つ未知の量子状態を、あらかじめ準備したもつれと測定結果の通信を使って、受け手の量子ビットへ移す手順です。もつれを共有するだけでは、受け手は元の状態を取り出せません。鍵になるのは、送り手から届く二つの古典ビットに応じて、受け手が操作を選ぶことです。[1]

簡単にまとめると?

  • 1量子ビットを移す標準的な手順では、事前に共有したベル対と、測定結果を伝える2古典ビットを使います。
  • 測定結果は四通りで、理想条件ではそれぞれ確率4分の1です。受け手は結果に合わせてビット反転や位相反転を補正します。
  • 結果を知らない受け手の状態は、入力によらない最大混合状態です。もつれだけで光より速く情報を送れるわけではありません。
  • 送り手に元の状態のコピーは残りません。理想回路の一致と、雑音のある装置での転送精度は分けて評価します。

最初に用意するのは、離れた二つの量子ビット

送り手をAlice、受け手をBobとします。Aliceが渡したい量子ビットをq0、Alice側の共有用をq1、Bob側をq2と呼びます。入力は |ψ> = α|0> + β|1> と書け、αとβは複素数、確率の合計を1にするため |α|² + |β|² = 1 を満たします。手順を実行するAliceが、この係数を知っている必要はありません。

q1とq2には、(|00> + |11>)/√2 というベル対を先に用意します。これは、各量子ビットの状態を独立に指定する形には分けられない、最大にもつれた状態です。q2をBobの側へ配る段階では、物理的な量子系や量子通信を使う準備が必要です。「元のq0を後から送らなくてよい」ことは、「何も共有しないところから通信できる」こととは違います。

ここでは公開されているQuTiPの回路例に合わせ、q1へHゲートをかけ、q1を制御とするCNOTでq2を操作して、このベル対を作る規約を使います。Hは基底状態を重ね合わせへ変える操作、CNOTは制御側が1のときに標的側の0と1を入れ替える操作です。原論文は別のベル状態を用いるため、補正表の見かけは変わりますが、適切な補正で元の状態へ戻す仕組みは同じです。[1][2]

二つの測定結果が、補正の種類を決める

Aliceはq0を制御、q1を標的とするCNOTを行い、続いてq0にHをかけます。その後、q0とq1を0・1の基底で測定し、結果をそれぞれm0、m1とします。この二つのゲートと測定は、二つの量子ビットをベル基底で見分ける測定に対応します。

この規約では、結果m0m1に応じたBob側の状態は、全体の位相を除いて X^m1 Z^m0 |ψ> になります。Xは0と1を入れ替える操作、Zは|1>の成分の符号を反転し、二つの成分の相対位相を変える操作です。指数が0なら何もしない、1ならその操作を行う、という読み方です。

  • 00:すでに元の状態なので、そのままにします。
  • 01:Xをかけ、0と1の入れ替わりを戻します。
  • 10:Zをかけ、相対位相の反転を戻します。
  • 11:まずX、次にZをかけ、両方を戻します。

Aliceが二つの結果を通常の通信で送り、Bobがこの補正を選べば、どの結果でもq2は元の|ψ>になります。式で書く補正は Z^m0 X^m1 で、右側のXから作用します。XとZの順番を取り違えても、この二つだけの交換では全体位相の差にとどまる場合がありますが、回路や記録では順番とビットの対応を明示しておくことが大切です。[1][2]

複素数の位相を含む入力で、四つの分岐を比べる

具体例として |ψ> = (√3/2)|0> + (i/2)|1> を入力した理想回路を、独自の状態ベクトル計算で確かめました。iは虚数単位です。0・1だけを測ると確率は75%と25%ですが、この確率だけでは相対位相iまでは分かりません。そこで、出力と入力がどれだけ一致するかを、純粋状態間の忠実度 |⟨ψ|出力⟩|² で比較します。1なら全体位相を除いて一致し、0なら直交する状態です。

測定結果00、01、10、11はどれも25%でした。各結果を知って分岐を分けると、補正前の忠実度は順に1、0、0.25、0.75です。結果に合う補正をすると、四つとも1になります。補正前に00だけが一致するからといって、他の結果を捨てる必要はありません。測定結果に応じて操作を変えることが、すべての分岐で状態を戻すための要点です。

独自の理想回路計算。測定結果00、01、10、11の発生確率はいずれも25%。入力に対する忠実度は補正前に1、0、0.25、0.75で、結果に合わせた補正後はすべて1。
入力は√3/2|0> + i/2|1>。横軸はAliceの測定結果、縦軸は入力との忠実度。理想的なベル対とゲートを使った計算例であり、実機の測定値ではない。

同じ計算を、0・1、二種類の重ね合わせ、乱数から作った100個の正規化した入力でも確認しました。補正後の忠実度は数値誤差の範囲で1でした。ただし有限個の数値例は、任意の入力に対する証明の代わりではありません。一般のα、βを保った回路の展開と、原論文の議論が一般性の根拠です。

結果を知らないBobには、入力の違いが見えない

四つの分岐を表に並べられるのは、Aliceの結果も含めて計算を見ているからです。結果が届いていないBobは、自分がどの分岐にいるのか知りません。Bobの手元だけを表す密度行列は、四つの可能性を確率4分の1ずつで平均したものになります。密度行列は、重ね合わせの位相も、結果が分からない混合も扱うための表現です。

この平均は、どの入力|ψ>でも I/2、つまり最大混合状態になります。0・1で測れば半々で、測定の基底を変えても入力の違いを読み出せません。先ほどの入力でも、古典結果を無視した平均がI/2になることを計算で確認しました。Aliceが測定したという事実だけでは、Bobへ任意の情報を伝える手段にならない理由がここにあります。[1]

届く2ビットは、αやβの値を二桁に圧縮したデータではありません。理想条件では四通りの確率が入力によらず等しく、補正を選ぶためのラベルとして働きます。もつれという事前資源と、このラベルの両方が必要です。Bobが結果に合わせて状態を利用できるのは、古典通信が届いてからです。

再現するときは、ビット順と理想条件を分けて確認する

公開チュートリアルではq0の測定結果をc1、q1の結果をc0に入れています。本稿のm0、m1は測った量子ビット番号に合わせた名前なので、そのまま文字だけ対応させると逆になります。また、チュートリアルには補正後のq2を測定する手順もありますが、本稿の忠実度はその出力測定より前の状態で計算しています。[2]

取得したチュートリアルの説明文には、ベル対の分母が2になっている箇所があります。正規化したベル対の分母は√2です。掲載回路のHゲートが作る正規化と原論文の数式を照合し、本稿は√2で計算しました。公開コードや説明文があることと、その表記・実装・実測性能がすべて検証済みであることを分けて読む必要があります。

この例は、完全なベル対、誤りのないゲートと測定、正しく届く古典情報を仮定しています。実装の評価では、もつれの品質、測定誤り、結果が届くまでの量子メモリーの劣化、補正操作の誤りを確認します。送り手のq0は測定によって元の未知状態を保持しないため、元と転送先に同じ未知状態が二つ残る手順でもありません。転送の成功を判断するには、元の状態との一致、使った資源、古典通信を待つ時間を別々に見ることが役立ちます。

出典

  1. C. H. Bennettほか「Teleporting an Unknown Quantum State via Dual Classical and Einstein-Podolsky-Rosen Channels」Physical Review Letters 70, 1895–1899(1993年)。特に式(1)〜(6)、1897頁の古典通信と最大混合状態の説明、図1。論文DOI/大学サイト掲載PDF
  2. QuTiP Quantum Information Processing「Tutorials – Quantum Teleportation Circuit」。2026年10月22日取得のnotebook。測定ビットの対応と出力測定の位置を確認。説明文のベル対の分母には上記の訂正を適用。公式チュートリアル一覧/公開notebook