部分転置による量子もつれ判定、負の固有値は何を示すのか

四つに分かれた緑色の枠に薄紫のリボンが交差し、横の棚の上には三つの緑色の石、下には一つの桃色の石が置かれている。

雑音が混じった二つの量子ビットの状態について、「まだ量子もつれが残っているのか」を知りたい。相関が弱くなったという見た目だけでは、その答えは決まりません。混合状態には、もつれを使わずに準備できるものと、そうした準備では表せないものがあるからです。本稿では、状態を表す密度行列が与えられたときに使える、部分転置による判定を扱います。

この判定で負の固有値が出たら、元の状態はもつれています。ただし、負の値が出なかった場合の結論は同じ強さではありません。何を計算し、どちら向きの結論を出せるのかを、雑音を加えた具体例で確かめます。[1]

簡単にまとめると?

  • 部分転置は、二つの部分系のうち一方に対応する行・列の添字だけを交換する計算です。全体の行列を転置したり、一方を捨てたりする操作ではありません。
  • もつれのない分離可能な状態なら、部分転置後の固有値はすべて0以上です。したがって、負の固有値が一つでもあれば、元の状態のもつれを示します。
  • 負の値が出ないことを、一般の次元で「もつれがない」と読み替えてはいけません。使う定理の次元条件と、行列の推定誤差・数値誤差も確認します。

混ざっていることと、もつれていることを分ける

密度行列は、一つの純粋な状態も、複数の状態を確率的に混ぜた状態も表せます。二つの部分をA、Bと呼ぶとき、ある状態が分離可能とは、Aの状態とBの状態の積を、確率的に混ぜて表せることです。式では、ρ=Σk pk ρA,k ⊗ ρB,kと書けます。重みpkは0以上で、合計は1です。[1、式1]

例えば、半分の回はAとBをともに0へ、残り半分はともに1へ準備した状態には、強い相関があります。それでも、どちらの準備をするかという共通の選択を使った積状態の混合なので、分離可能です。「二人の結果が一致する」「片方だけを見るとランダム」という特徴だけでは、もつれを特定できません。

分離可能な表し方が存在しない状態を、ここではもつれた状態と呼びます。問題は、与えられた密度行列について、その表し方を直接探すのが簡単とは限らないことです。部分転置の判定は、分離可能なら必ず満たす条件を先に調べる方法です。

片方の添字を入れ替えて、行列全体を残す

二量子ビットでは、基底を|00〉、|01〉、|10〉、|11〉の順に並べます。各ラベルの左をA、右をBとすると、密度行列の成分はρab,cdです。a、cはAの行・列、b、dはBの行・列に対応します。

本稿ではAを部分転置し、結果をσと書きます。規則はσab,cd=ρcb,adです。Aの添字aとcだけを交換し、Bのbとdはそのままにします。[1、式3] 例えば、元の|01〉〈10|にある成分は、部分転置後の|11〉〈00|へ移ります。行列の大きさは4行4列のままです。

この計算は、Aを部分トレースしてBだけの状態を作ることとは違います。また、全体を転置する場合はAとBの両方の添字を交換します。実装では、4行4列というサイズだけで判断せず、部分系の順序と、どちら側を転置するかを先に決めます。

分離可能なら、なぜ負の固有値が出ないのか

分離可能な状態の式をAについて部分転置すると、各項はρA,k の転置 ⊗ ρB,kになります。一つの密度行列を全体として転置しても、その固有値は変わりません。そのため各項は正半定値のままで、0以上の重みで混ぜた結果も正半定値です。正半定値とは、固有値がすべて0以上であることです。[1、式6]

ここから得られるのは、「分離可能なら、部分転置後に負の固有値はない」という一方向の条件です。逆向きではなく、その対偶を使います。部分転置後に負の固有値が出たなら、分離可能ではない。これが、もつれを見つける根拠になります。

負の値が出る行列σを、装置から出てきた物理的な量子状態と扱うわけではありません。部分転置はここでは状態の性質を調べる数学的な検査です。負の測定確率を実験で観測する話でも、どの入力にも実行できる量子ゲートを構成する話でもありません。

雑音を混ぜた一重項では、境界はどこにあるか

具体例として、|ψ−〉=(|01〉−|10〉)/√2という一重項を割合x、四つの基底状態を等確率にした完全混合状態を割合1−xで混ぜます。xは0から1で、式はρ(x)=x|ψ−〉〈ψ−|+(1−x)I4/4です。[1、式7–8] xはこの準備モデルの混合の重みであり、実機のエラー率をそのまま代入できる量ではありません。

この行列をAについて部分転置すると、四つの固有値は、(1+x)/4が三つと、(1−3x)/4が一つになります。前者はこの範囲で負になりません。後者が0を下回るのは、xが1/3を超えるときです。したがって、その範囲ではこの検査だけで、状態にもつれがあると言えます。

一重項の重みxが増えると、部分転置の最小固有値は4分の1からマイナス2分の1へ直線的に減り、xが3分の1の点で0を横切る。
指定した混合モデルの最小固有値を独自計算。0未満はもつれを示す領域です。実機の雑音特性や測定結果を表す図ではありません。

x=0なら、四つの固有値はすべて1/4です。x=1/2なら、三つが3/8、残りが−1/8になります。この場合、状態は半分の完全混合成分を含んでいても、負の固有値によってもつれが分かります。「混合状態になったら、もつれがすべてなくなる」という読み方はできません。

境界x=1/3では、最小固有値は正確に0です。0は負の値ではありません。浮動小数点計算でごく小さな負数が出たとしても、丸め誤差なのか、入力の推定誤差なのかを確かめずに検出と数えることはできません。本稿の値は、定義した理想行列を計算したもので、未知の装置から状態を推定した結果ではありません。

検出できた場合と、検出できなかった場合

部分転置後の行列が正半定値である性質を、PPT(positive partial transpose)と呼びます。この性質を満たさなければ、もつれを検出できます。一方、満たした場合に分離可能だとまで言えるかは、系の次元など、適用する定理の条件によります。高い次元の系へ、二量子ビットについての結論をそのまま広げてはいけません。[1、4ページ]

本稿は、一般の次元についてPPTだけで分離可能性を確定する方法を与えていません。負の値が出ない場合は、まず「この検査ではもつれを検出しなかった」と区別して記録します。必要なら、対象の次元に対応する定理や、別の検出方法を確かめます。

実験から密度行列を推定して使う場合は、入力行列がエルミートでトレース1か、元の状態として正半定値か、推定の不確かさがどれほどかも関係します。固有値の小数点以下を多く表示することは、測定の精度を高めることではありません。負の最小値の大きさと、不確かさの評価を分けて示す必要があります。

部分転置の判定を使うときは、状態をどう分割したか、添字をどう並べたか、何の仮定で密度行列が得られたか、負の値が誤差を超えているかをそろえます。与えられた状態のもつれを検査する問いと、その計算を物理的な操作として実行できるかという問いを分けると、結果を過大に読まずに使えます。

出典

  • [1] Asher Peres, Separability Criterion for Density Matrices, arXiv:quant-ph/9604005v2(1996年6月17日版)、Physical Review Letters 77, 1413–1415。式1・3・6–8、3–4ページ。分離可能性の必要条件と、指定した混合状態の固有値を参照。原論文の異なる次元についての注意と区別し、本稿の図・五つの混合率・複素積状態の添字検査は独自計算です。