二つの準備方法を比べるとき、条件ごとにはまったく違う量子状態なのに、条件を区別せず平均すると同じ状態になることがあります。「平均状態の忠実度が高い」ことと、「各条件で狙いどおりの状態を準備できた」ことは、同じ評価ではありません。
この違いを、忠実度の共同凹性という性質から読みます。難しい名称ですが、ここで使う内容は「同じ割合で状態を混ぜてから比較すると、条件ごとの忠実度を平均した値より小さくならない」という不等式です。何の情報を残した比較なのかを、二つの準備条件で確かめます。[1]
簡単にまとめると?
- 同じ重みで二組の量子状態を混ぜると、混合後の忠実度Fは、対応する枝ごとのFの加重平均以上になります。
- 各枝の状態が直交していても、枝のラベルを使わずに平均した二状態は一致し得ます。平均状態の一致は、条件別の一致を証明しません。
- 比較では混合の重み、枝の対応、ラベルを保持するかをそろえます。平方根を取るFと、その二乗F²も区別します。
平均してから比べるか、比べてから平均するか
準備方法AとBに、それぞれ条件0と条件1があるとします。条件0を確率λ、条件1を確率1−λで選びます。Aの条件別の密度行列をρ₀とρ₁、Bの条件別の密度行列をσ₀とσ₁と書きます。密度行列は、その状態にどの測定をしたら何がどの確率で出るかをまとめる道具です。
条件を記録せず平均状態として扱うなら、Aは ρ̄=λρ₀+(1−λ)ρ₁、Bは σ̄=λσ₀+(1−λ)σ₁ になります。これは確率的な混合です。状態ベクトルを足して一つの純粋な重ね合わせを作る計算とは異なります。
この記事の忠実度は F(ρ,σ)=Tr√(√ρ σ √ρ) です。行列の平方根を用いる、平方根側の定義を採ります。F²を忠実度と呼ぶ文献もあるため、数値にはどちらかを付けます。正規化された状態ではFは0から1で、直交する状態なら0、同じ状態なら1です。
共同凹性は、次の関係を与えます。[1、系3.26]
F(ρ̄,σ̄) ≥ λF(ρ₀,σ₀)+(1−λ)F(ρ₁,σ₁)
左辺は平均状態どうしの比較、右辺は対応する条件ごとに比較した後の平均です。二つの計算の順序を交換しても同じ、という式ではありません。また、AとBで同じλを使い、どの条件を対応させるかを指定しています。この式へ別々の重みをそのまま代入することはできません。
どの条件でも逆なのに、平均は同じになる例
条件0では、Aが|0⟩、Bが|1⟩を準備するとします。条件1では逆に、Aが|1⟩、Bが|0⟩を準備します。|0⟩と|1⟩は直交するので、条件0の忠実度も条件1の忠実度も0です。従って、右辺の加重平均はλの値によらず0になります。
ところが条件を捨てて平均すると、Aの対角成分は(λ,1−λ)、Bは(1−λ,λ)です。どちらも|0⟩、|1⟩を確率的に混ぜた対角行列になります。対角状態のFは、対応する確率の積の平方根を足せば求められます。
F(ρ̄,σ̄)=√(λ(1−λ))+√((1−λ)λ)=2√(λ(1−λ))
λ=0.1ならF=0.6、F²=0.36です。λ=0.25ならF≈0.8660、F²=0.75になります。そしてλ=0.5では、AもBも最大混合状態I/2となり、F=F²=1です。どの条件でも逆の準備をしていたことは、条件を区別しない平均状態だけからは分かりません。

条件のラベルを一緒に残すと何が違うか
半々の例で、測る人に量子状態だけを渡すとします。AもBもI/2なので、その状態だけに行う測定の統計からAとBを区別することはできません。これは平均状態が同じであることの意味です。
一方、「今回は条件0だった」「今回は条件1だった」という古典的なラベルも一緒に渡せば事情が変わります。量子ビットを|0⟩か|1⟩か測り、ラベルと組み合わせれば、この理想例ではAかBかを確実に判定できます。条件0で0ならA、条件0で1ならBというように、対応が異なるからです。
ラベルを含めた全体を、順に(条件0・量子0、条件0・量子1、条件1・量子0、条件1・量子1)という四つの項で表すと、Aの対角成分は(λ,0,0,1−λ)、Bは(0,λ,1−λ,0)です。重なる項がないため、この全体のFは0になります。ラベルを無視して量子ビットだけを残したときに、先ほどの二つの平均状態が得られます。
同じ実験記録でも、条件ラベルを残した集計と、条件をまとめた集計では答えられる問いが違います。忠実度が0から1へ変わったのは、装置が修復された証明ではありません。比較に使う情報を減らしたことで、差を見分けられなくなった例です。
高い平均値を、条件別の合格に読み替えない
準備の評価では、最終的な利用者が条件を知らず、平均状態だけを使う場合もあります。その用途なら平均状態どうしを比べることには意味があります。反対に、各制御条件に応じて特定の状態を作りたい場合、平均状態のFだけでは条件の取り違えを見逃します。
そこで、まず比較の対象が「条件別の準備」なのか「条件を混ぜた出力」なのかを決めます。条件別の一致が必要なら、枝の対応と重みを残し、各枝のFやその分布を確認します。同じ平均状態を作る準備方法は一意ではないため、平均状態を知っただけで個々の準備の内訳を復元できるとは限りません。
また、不等式の右辺が高いことは左辺の下限になりますが、左辺が高いことから右辺も高いと逆向きに推論することはできません。今回の例は左辺が1で右辺が0になる、最もはっきりした反例です。平均状態の数値を条件別評価の代わりにする前に、どちら向きの関係が証明されているかを確認します。
式と数値に残しておきたい条件
系3.26は、同じ有限次元の空間上の正規化された密度行列と、0以上1以下のλを対象にしています。今回の数値は既知の対角行列から計算した理想値です。未知の実験状態を有限回の測定から推定するときの誤差、条件の記録ミス、準備の時間変動は評価していません。
F²で報告する場合も、先にFで述べた不等式の値を不用意に置き換えません。この例ならF=0.6とF²=0.36を併記できますが、式の左辺だけを二乗したり、加重平均と二乗を自由に交換したりはできません。定義、重み、枝の対応、残したラベルを数値の横に置くことで、何が近くなった比較なのかを読み取れます。
出典
- John Watrous, The Theory of Quantum Information, Chapter 3(2018年、著者公開版)、§3.2.3、系3.26、本文155–156頁、式3.170–3.172。共同凹性と平方根側の忠実度を参照。条件別・平均状態・ラベル付き状態の数値と比較図は、明示した密度行列による独自計算です。
