Kraus表現の非一意性、同じ量子チャネルを違う操作の組で書ける理由

青と桃色の曲面に異なる二つの形が浮かび、それぞれから薄い光の膜が一つの紫色の浅い器へ注ぐ。

量子計算のノイズを表す資料で、同じ量子チャネルなのに異なる行列の組が並ぶことがあります。Kraus(クラウス)表現は、状態が変わる過程を複数の操作の和で書く方法です。その行列を一つずつ比べても、変換全体が同じかどうかは決まりません。

ここでは1量子ビットの位相を失わせる変換を例に、異なる二組の行列が同じ出力を与える理由を確かめます。そのうえで、操作に付いたラベルを観測結果として読むときには、何を追加で指定する必要があるかを考えます。

簡単にまとめると?

  • Kraus表現は量子チャネルの書き方であり、一つのチャネルに複数の表現があります。行列の組が違っても、すべての入力に同じ変換を与える場合があります。
  • 位相反転を半々で混ぜる操作と、計算基底で測定して結果を捨てる操作は、1量子ビットに同じ脱位相チャネルを与えます。
  • 結果のラベルを残すと、条件付き状態や確率は実装に依存します。ラベルを捨てたチャネルの一致だけで、測定記録まで同じとはいえません。

Kraus演算子は、足し合わせて変換を作る

有限次元の量子状態を密度行列ρで書くと、量子チャネルΦはKraus演算子Kiを使って次の形で表せます。[1]

Φ(ρ) = Σᵢ KᵢρKᵢ† 、 Σᵢ Kᵢ†Kᵢ = I

†は複素共役転置、Iは恒等行列です。各項KiρKi†を足すことで最終的な状態を作ります。右側の条件は、入力のトレースが1なら出力でも1になることを保証します。確率の合計を失わず、すべての結果を含む変換になっているということです。

この式に現れるiは、まず数学的な和のラベルです。実際に結果iを区別できる測定や環境の観測を指定した場合には、対応する項から結果の確率と条件付き状態を計算できます。ただし、チャネルの式だけで、そのラベルが装置のどの記録に対応するかまで決まるわけではありません。

位相反転を混ぜる表現と、測定する表現

1量子ビットの計算基底を|0⟩、|1⟩とし、Zを対角成分が1と−1の位相反転行列とします。まず次の二つを使います。

A₀ = I/√2 、 A₁ = Z/√2

この組の変換は、ρとZρZを半分ずつ混ぜたものです。入力をρ=[[a, c], [c*, 1−a]]と書くと、ZρZでは対角成分がそのままで、非対角成分cとc*の符号が反転します。平均すると非対角成分が打ち消され、出力はdiag(a, 1−a)になります。ここでc*はcの複素共役です。

別の組として、次の射影演算子を選びます。

B₀ = |0⟩⟨0| 、 B₁ = |1⟩⟨1|

B₀ρB₀は|0⟩の成分、B₁ρB₁は|1⟩の成分だけを残します。二つを足せば、やはりdiag(a, 1−a)です。これは計算基底で測定した後、その結果を読み分けずに平均した変換に当たります。AとBは別の行列の組ですが、どちらもすべての1量子ビット状態に同じ脱位相チャネルを与えます。

正規化の条件も確認できます。AではA₀†A₀とA₁†A₁がそれぞれI/2なので、和はIです。Bでは二つの直交する射影の和がIになります。特定の入力を一度試して出力が似ていたという話ではなく、一般の密度行列の成分で一致する例です。

入力がプラス状態のとき、IとZを半々に選ぶ枝はプラスとマイナス、計算基底測定の枝はゼロと一。どちらも結果を捨てた出力はIの2分の1になる。
入力|+⟩=(|0⟩+|1⟩)/√2での比較。どちらも枝の確率は1/2だが、条件付き状態が違う。結果のラベルを捨てた出力は同じ。式から作成した説明図。

ラベル側のユニタリ変換で、同じチャネルになる

この二組には具体的な関係があります。

B₀ = (A₀ + A₁)/√2 、 B₁ = (A₀ − A₁)/√2

Aの二本の「枝」を、和と差へ組み替えています。係数行列はH=[[1, 1], [1, −1]]/√2で、H†H=Iを満たすユニタリ行列です。ここで変換しているのはKraus演算子のラベル側です。量子ビットにHゲートを追加したと読むと、別の操作になってしまいます。

一般に同じ本数のKraus演算子をBa=ΣbUabAbとユニタリ行列Uで混ぜると、ΣaBaρBa†は元の和に一致します。展開したときの交差項の係数ΣaUabUac*が、b=cなら1、それ以外なら0になるためです。

Watrousの教科書の系2.23は、同じ有限ラベル集合を持つ二組が同じ完全正写像を表すなら、このようなユニタリ行列が存在することを示しています。[1] 行列の本数が違う一覧をそのまま同じサイズの行列で比べるのではなく、必要ならゼロ演算子を加えてラベルの数をそろえます。

平均した出力が同じでも、記録の意味は違う

|+⟩を入力して、Aを「確率1/2でIかZを選び、その選択を記録する」実装として考えると、記録に応じた状態は|+⟩か|−⟩です。一方、Bを計算基底の測定として実装すると、記録に応じた状態は|0⟩か|1⟩になります。どちらも記録を捨てた出力はI/2ですが、記録を見た後の状態は同じではありません。

確率も一般には一致しません。入力を|0⟩に変えると、AではIかZの選択は半々のままで、どちらの出力も|0⟩です。Bでは測定結果0が確率1で、結果1は出ません。この違いは、量子ビットだけを見た出力からは分かりません。

観測できるラベルと、そのラベルごとの状態変化を一緒に定めるものを量子インストゥルメントと呼びます。結果iの確率はTr(KiρKi†)、確率が正なら条件付き状態はKiρKi†をその確率で割ったものです。このようにラベルを残す記述と、全部を足してラベルを捨てるチャネルを分ければ、「同じノイズ」の意味を取り違えにくくなります。

二つのノイズモデルを比較するときの順序

まず比較したい対象を決めます。量子状態への平均的な作用を比べるなら、Kraus演算子を要素ごとに一致させる必要はありません。正規化を確認したうえで、作られる線形写像を比べます。1量子ビットなら、行列空間の基底となる四つの行列|j⟩⟨k|への作用が一致するかを調べる方法があります。これらには密度行列ではない行列も含まれますが、線形写像全体の比較に使えます。

一方、測定記録に応じた後処理やフィードバックを比べるなら、ラベルの意味、結果の確率、条件付き状態まで必要です。平均状態の一致だけでは、その比較を完了できません。数値計算では許容誤差を明示し、いくつかの入力が近かったことと、すべての入力で同じ写像であることも区別します。

ここで扱ったのは有限次元の理想的なチャネルの代数的な関係です。同じチャネルを二通りに書けることは、実際の装置でどちらの実装が起きているか、また実装コストや誤差が等しいことを証明しません。Kraus表現は変換を計算する便利な記述であり、物理的な出来事の一覧として読むには、観測と実装の情報を補う必要があります。

出典

  1. John Watrous, The Theory of Quantum Information, Chapter 2 “Basic notions of quantum information”, §2.2、Kraus representations、系2.23、定理2.26。著者公開版 Chapter 2(PDF)。2018年。本文の二次元行列例と説明図は式を展開して作成。