量子状態の忠実度が上がると、装置の動作が良くなったように見えるかもしれません。しかし、比較している二つの状態が同じ雑音を受ける場合、違いが失われることで忠実度が上がることがあります。近くなったという数値だけでは、元の情報が保たれたとは判断できません。
この関係を表すのが、量子チャネルに対する忠実度の単調性です。二つの入力へ同じ処理をした後の比較と、処理後の状態を固定した理想状態と比べる評価を、小さな計算で分けてみます。
簡単にまとめると?
- 二つの状態へ同じ量子チャネルを作用させると、状態間の忠実度は下がりません。両方に同じ処理をすることが条件です。
- 忠実度が上がる理由には、二つの状態の違いが雑音で消える場合もあります。値の上昇を、情報の保存や装置性能の改善とは呼べません。
- 出力を固定した理想状態と比べる忠実度は、別の比較です。同じ例でも、出力同士の忠実度は上がり、理想状態への忠実度は下がります。
式の両側で、同じものを比べているか
この記事では、平方根を取る側の定義を忠実度Fと呼びます。密度行列ρとσに対し、F(ρ,σ)=Tr√(√ρ σ √ρ)です。Fの二乗を忠実度と呼ぶ文献もあるため、数値を読むときは定義を揃えます。ここでいう密度行列は、同じ入力空間にある正規化された量子状態です。[1]
量子チャネルΦは、状態を別の状態へ変える処理を、完全正値かつトレース保存の写像として表したものです。測定結果の一部だけを選別せず、すべての結果を含めた決定的な処理を考えます。有限次元で、次の不等式が成り立ちます。[1、定理3.27]
F(ρ, σ) ≤ F(Φ(ρ), Φ(σ))
左は二つの入力の比較、右はその両方へ同じΦを作用させた出力同士の比較です。片方だけを処理する式ではありません。固定した理想状態σと、処理後のΦ(ρ)を比べるF(Φ(ρ),σ)には、この式をそのまま使えません。
単調性とは、この処理の前後で値が減らないという関係です。必ず大きくなるわけでもありません。同じユニタリ変換を両方へ行う場合は忠実度が保たれます。回転によって二つを同じように動かすことと、違いを消してしまうことを、どちらも「忠実度が下がらない」の一言だけで区別することはできません。
0と1を、同じ割合で混ぜていく
最初の状態をρ₀=|0〉〈0|、ρ₁=|1〉〈1|とします。この二つは直交しているため忠実度は0です。ここへ、確率pで完全混合状態I/2へ置き換え、残りの確率ではそのままにする処理を考えます。Iは2×2の単位行列、0≤p≤1です。
Φp(ρ) = (1−p)ρ + p I/2
これは、密度行列に対する処理の式です。行列一般へ写像を拡張するときは、置換側をp Tr(X) I/2と書きます。何もしないチャネルと、入力を捨ててI/2を用意するチャネルを確率的に混ぜているため、ここでは正当な量子チャネルになっています。実際の装置の雑音が必ずこの一つのパラメーターで表せるとは仮定しません。
基底を|0〉、|1〉の順にすると、二つの出力はどちらも対角行列です。ρ₀からの出力はdiag(1−p/2,p/2)、ρ₁からの出力はdiag(p/2,1−p/2)になります。対角行列同士なので、対応する対角成分の積の平方根を足して忠実度を求められます。
F(Φp(ρ₀), Φp(ρ₁)) = √(2p−p²)
p=0なら0、p=0.5なら√0.75≒0.8660、p=1なら1です。pを増やすと出力同士は近づき、最後には両方ともI/2になります。忠実度1は、この比較では二つの出力が同じになったことを表します。入力の0と1を良い状態のまま保存できた、という意味ではありません。

固定した目標に対しては、値が下がる
次はρ₀から作った出力だけを取り出し、処理前の理想状態|0〉を固定した目標として比べます。目標が純粋状態なので、忠実度はその状態への射影確率の平方根です。
F(Φp(ρ₀), ρ₀) = √(1−p/2)
今度はp=0で1、p=0.5で約0.8660、p=1で約0.7071です。出力同士の忠実度は上昇していたのに、固定した目標への忠実度は低下しました。二つの計算は矛盾していません。一方では目標側も同じチャネルを通し、もう一方では元の理想状態を固定しているからです。
装置が理想の出力をどれほど再現できるかを評価したいとき、雑音を受けた出力同士を近づける指標だけでは足りません。比較相手を固定した目標にするのか、同じ処理を受けた別入力の出力にするのかを、数値の横へ明記する必要があります。
同じ出力から、失った違いを取り戻せるか
p=1では、元が0でも1でも受け取る状態はI/2です。出力しか受け取れず、どちらが準備されたかを示す別の記録もないなら、この出力に同じ後処理を加えて入力の違いを取り戻すことはできません。同じ入力I/2に同じ処理をすれば、どちらの場合も同じ結果になるからです。
この説明は、情報を持つ補助系や、エラーの記録、事前に施した誤り訂正まで否定するものではありません。それらを利用する処理は、今回の「出力だけ」という条件と異なります。チャネルの入力・出力として、どの系や記録を含めたのかも比較条件の一部です。
また、特定の測定結果が出た試行だけを採用する選別では、成功確率を伴う条件付き状態を扱います。選別後の状態を正規化して比べる操作へ、上のトレース保存チャネルの不等式を無条件に当てはめることはできません。選別ありの報告では、得られた状態と採用率を分けて読む必要があります。
「忠実度が改善した」を読むときの条件
最初にFとF²のどちらかを確認し、次に比較する二つの状態を具体的に書きます。両方へ同じチャネルを作用させた比較なのか、理想状態を固定した比較なのか、試行の選別を含むのかを揃えると、値が上がった理由を絞れます。
今回の二つの曲線は、同じ置換確率pを使っています。それでも、出力同士の一致は増え、理想状態への一致は減りました。状態が近くなることと、保持したい情報が残ることを分けるために、単調性は有用な確認条件になります。有限の測定データからの状態推定、実機の誤差、チャネルそのものの性能指標は、この理想的な計算とは別に扱います。
出典
- John Watrous, The Theory of Quantum Information — Chapter 3、忠実度の定義と性質、および定理3.27・式(3.173)(書籍156頁)。著者の公開PDF保存版を参照。
