宇宙機が軌道を変えるときには、必要な速度変化をデルタV(Δv)で考えます。では、その値を2倍にしたければ、推進剤も2倍積めばよいのでしょうか。理想的なロケット方程式では、そうはなりません。出発時には、後で使う推進剤そのものも加速しなければならないからです。
簡単にまとめると?
- 理想ロケット方程式は、得られるデルタVを「有効排気速度×燃焼前後の質量比の自然対数」で表します。推進剤の量に単純比例する式ではありません。
- 燃焼後の質量と有効排気速度を固定すると、同じデルタVを追加するたびに、必要な質量比は同じ倍率で増えます。
- 比推力は推進剤の使い方を比べる指標ですが、推力そのものや燃焼時間ではありません。現実の設計には構造質量、重力、空気抵抗なども必要です。
燃焼前後で、加速される質量が変わる
ロケットは推進剤を後方へ噴き出し、その反作用で前へ進みます。燃焼が続くほど機体に残る質量は減るため、同じ量を噴き出しても、その時点で加速する対象の質量は同じではありません。燃焼の初めには、機体や荷物に加えて、後半に使う推進剤も一緒に運びます。
有効排気速度を一定とし、重力や空気抵抗などの外力による速度変化を無視すると、この質量変化を積み重ねた結果は次の式になります。
Δv = ve ln(m0/mf)
m0は燃焼前の全質量、mfは燃焼後に残る全質量、veは有効排気速度です。lnは自然対数を表します。質量比m0/mfには単位がなく、速度の単位はveから決まります。この式はツィオルコフスキーのロケット方程式とも呼ばれます。
燃焼後に残る質量には、荷物だけでなく、機体構造、エンジン、タンクなども含みます。推進剤を使い切らない計算なら、残す推進剤も含めます。「燃焼後の質量」と「搭載できる荷物の質量」を同じ値として読まないことが大切です。
同じ1トンを残す、三つの理想例
数式の関係を見るため、燃焼後の質量を1トン、有効排気速度を3 km/sに固定します。段の切り離しはなく、積んだ推進剤はすべてこの一回の計算で使うとします。実機の仕様ではなく、条件をそろえた例です。
推進剤が1トンなら燃焼前は2トン、質量比は2です。得られるデルタVは3 ln 2 ≈ 2.079 km/sとなります。推進剤を3トンに増やすと燃焼前は4トン、比は4になり、3 ln 4 ≈ 4.159 km/s。さらに7トンなら比は8で、3 ln 8 ≈ 6.238 km/sです。

デルタVは約2.079 km/sずつ増えていますが、推進剤は1→3→7トンと増えています。最初の例のデルタVを2倍にするには、推進剤を2トンにするのではなく、3トンにする必要があります。推進剤2トンなら質量比は3なので、デルタVは約3.296 km/sにとどまります。
対数を逆から読むと、必要な質量が見える
式を質量比について解くと、m0/mf = exp(Δv/ve)となります。expは自然対数の逆の関数です。同じveのもとでデルタVを2倍にすると、質量比は2倍ではなく、元の質量比の二乗になります。比2なら4へ、比4なら16へ変わります。
また、必要な推進剤質量はmf{exp(Δv/ve)−1}です。同じデルタVなら、燃焼後に残る質量を軽くする効果も読み取れます。ただし、推進剤を大量に積むために大きなタンクや丈夫な構造が必要になるなら、mfも変わります。上の三例は、それを固定して数式の効果だけを取り出したものです。
比推力が高いことと、大きな推力は違う
有効排気速度は、排気の運動量とノズル出口の圧力による寄与をまとめた値です。推力F、単位時間あたりの推進剤消費量ṁを使うと、F = ṁveと表せます。veを標準重力加速度g0で割った値が比推力Ispで、単位は秒になります。
この「秒」は、そのエンジンの燃焼継続時間を意味しません。同じ推力を得る際に必要な推進剤流量や、同じ質量比で得られる理想デルタVを比べるための指標です。同じ流量なら比推力が高いほど推力は大きくなりますが、流量が違う二つのエンジンを比推力だけで比べても、どちらの推力が大きいかは決まりません。
たとえば理想計算でveを3 km/sから6 km/sへ変え、質量比2を保てば、デルタVは約2.079から4.159 km/sへ2倍になります。一方、実際にその排気条件を実現する装置の質量や電力、流量、必要な燃焼時間は、この一つの式では決まりません。
この式だけで、打上げの成否は決まらない
ここで計算したデルタVは、一定の排気条件で推進剤を使ったときの理想的な速度変化です。地上からの打上げでは重力や空気抵抗による損失があり、推力の向きと燃焼時間も関わります。軌道運動で自然に変わる速さを、そのままエンジンが与えたデルタVと同じにすることもできません。
多段ロケットは途中で不要になった構造を切り離します。その場合は、段ごとの燃焼前後の質量を正しく分けて計算する必要があります。全行程を、同じ構造質量が最後まで残る一段の例へそのまま当てはめることはできません。
推進方式や設計の説明を読む際は、必要なデルタV、有効排気速度または比推力、燃焼前後の質量、推力と燃焼時間、無視している損失を並べて見ると比較しやすくなります。「推進剤を増やす」「残す質量を軽くする」「排気条件を変える」は、それぞれ別の条件を動かしています。
出典
- NASA Glenn Research Center, Ideal Rocket Equation。運動量収支からの理想ロケット方程式、初期・最終質量と速度変化の関係。
- NASA Glenn Research Center, Specific Impulse(最終更新2021年5月13日)。推力、有効排気速度、比推力の定義。図と数値例は上記の式を用いた独自計算。
