アラン偏差、長く平均すれば周波数は安定するのか

隣り合う半透明の時間窓を通る青緑の帯。小さな揺らぎはなめらかになり、帯全体はゆっくり上へずれる、周波数安定度の抽象アート

周波数を何度も測って平均すれば、細かな揺らぎは小さくなる。そう考えて測定時間を延ばしたのに、隣の測定結果との差はかえって大きくなることがあります。平均している間に、発振器の周波数そのものがゆっくり動いている場合です。

この時間の違いを含めて周波数の安定度を見る指標が、アラン偏差(Allan deviation)です。「どれくらい長く平均した値なのか」を添えて比較するので、短時間の揺らぎと長時間の変化を分けて考えられます。[1][2]

簡単にまとめると?

  • アラン偏差は、同じ長さの時間で平均した周波数を、隣り合う区間どうしで比べる指標です。平均時間も一緒に示します。
  • 独立した白色周波数雑音は長く平均すると小さくなりますが、線形ドリフトは隣接区間の差を大きくします。長い平均がいつも有利とは限りません。
  • 小さなアラン偏差は、基準の周波数に正しく合っている保証ではありません。測定器、基準信号、欠測、ドリフトの扱いも確認します。

全体の平均からではなく、隣の平均との差を見る

まず、周波数のずれを基準周波数で割った「分数周波数」y を使います。基準を f₀、測定値を f とすると、y = (f − f₀)/f₀ です。例えば1 GHzに対する1 Hzのずれは10億分の1、つまり y = 10−9になります。単位がないため、基準周波数が違う信号でも相対的な揺らぎを表せます。

平均する区間の長さを τ(タウ)とします。最初のτ秒の平均、次のτ秒の平均、その次の平均、と並べ、隣どうしの差を取ります。その差を二乗して平均し、2で割って平方根を取った値が、基本形のアラン偏差です。[1]

欠測がなく、重ならない等しい長さの区間がM個ある場合は、σy(τ) = √{Σ(ȳk+1 − ȳk)² / [2(M − 1)]} と書けます。Σは k = 1 から M − 1 までの和、ȳは各区間の分数周波数の平均です。二乗してから平均するので、正負の差が打ち消し合うことはありません。

実際の解析では、窓を細かくずらして重なり合う区間も利用する「オーバーラップ・アラン偏差」が広く使われます。ここでは仕組みを追いやすいよう、重ならない区間を使います。手法が違う結果を比べる際は、名称だけでなく推定方法もそろえる必要があります。

白色雑音は平均で減るが、ドリフトは増える

1秒ごとの周波数の揺らぎが互いに独立で、平均ゼロ、同じ分散を持つと仮定します。この白色周波数雑音では、m個を平均した値の標準偏差は1/√mになります。平均時間を4倍にすると、アラン偏差も半分になる関係です。隣接する区間の平均が互いに独立なので、それぞれの分散を足した後に2で割ることが、この関係につながります。

一方、分数周波数が一定の速さ d で変わる線形ドリフトを考えると、隣の区間の平均との差は dτ です。平均時間が長いほど、二つの区間の中心時刻が離れ、その間に周波数が動きます。ドリフトだけによるアラン偏差は |d|τ/√2 となり、平均時間に比例して大きくなります。

短い時間のばらつきを減らすことと、時間とともに動く周波数を追うことは、同じ操作ではありません。ゆっくりした変化を含む信号では、長い平均が変化を消してくれるとは限らないのです。

16秒より64秒のほうが大きくなる例

具体的に、1秒平均の白色周波数雑音の標準偏差を σ₀ = 10−9、線形ドリフトを d = 2 × 10−11/秒とする独自の理想モデルを計算します。1 GHzの信号なら、雑音の標準偏差が1 Hz、ドリフトが毎秒0.02 Hzに相当します。実機の測定結果ではありません。

τ = m × 1秒として、二つの寄与を合わせたアラン分散の期待値は σ₀²/m + (dτ)²/2 です。下の図と表は、その平方根を示します。有限の測定データから得た偏差の平均そのものではなく、このモデルで予想される水準です。

白色周波数雑音と線形ドリフトを足した独自モデル。平均時間を延ばすと白色雑音の寄与は下がり、ドリフトの寄与は上がる。両者を合わせた曲線は十数秒付近で最小となる。
独自計算。縦軸は分数周波数で表したアラン偏差の水準、横軸は平均時間。両軸は対数目盛りです。細かな白色雑音と線形ドリフトの寄与を、分散で足し合わせています。
平均時間 雑音だけ ドリフトも含む
1秒 1.00 × 10−9 1.00 × 10−9
16秒 2.50 × 10−10 3.37 × 10−10
64秒 1.25 × 10−10 9.14 × 10−10

白色雑音だけなら、64秒の平均は16秒の平均より安定です。しかしドリフトを含めると、64秒の値は16秒の約2.7倍になります。このモデルでは十数秒付近に谷ができますが、どんな発振器にも使える最適時間ではありません。雑音の種類やドリフトの大きさが変われば、曲線も変わります。

安定していても、正しい周波数とは限らない

1 GHzを出してほしい発振器が、常に10 Hz高い周波数を出しているとします。ほかの揺らぎが一切なければ、隣り合う平均値は同じなのでアラン偏差はゼロです。それでも基準からのずれは残っています。

NISTは、周波数が時間とともにどの程度変わらないかという安定度と、周波数が正しい値に合っているかを区別しています。[2] 周波数の一定のオフセットは隣接差から消えるため、小さいアラン偏差だけで校正の正しさを示すことはできません。「τが何秒で、安定度がいくつか」と「基準からどれほどずれているか」を別々に見る必要があります。

曲線を比べる前に、測り方をそろえる

仕様表や測定結果では、まず同じ平均時間の値を比較します。そのうえで、測定に使った基準信号と測定器の揺らぎが十分小さいか、測定の間に空白時間がないかを確認します。観測した差には、調べたい発振器だけでなく、比較相手や測定系の変動も入るためです。[1]

ドリフトを差し引いた結果なら、差し引く前の曲線、採用したモデル、推定した傾きも一緒に確認したいところです。解析上の傾き除去は、発振器そのもののドリフトをなくしたことにはなりません。また、長いτでは使える区間が少なくなります。わずかな点の上下を性能差と決めつけず、記録の長さと信頼区間も見ます。

アラン偏差を一つの小さな数として読むより、平均時間を変えたときの曲線として読む。そのほうが、どの時間幅なら細かな雑音が支配的で、どこからゆっくりした変化が効くのかを考えやすくなります。実際には白色雑音と線形ドリフトだけでは説明できないこともあるため、曲線の形だけで原因を断定せず、周波数の時系列や測定条件に戻って確かめます。

出典

  1. W. J. Riley, Handbook of Frequency Stability Analysis — NIST Special Publication 1065(2008年7月)。§5.1、§5.2.2〜5.2.4、§5.3、§5.19〜5.22。基本形の定義、平均時間、推定の確かさ、ドリフト解析を参照。
  2. NIST, Time and Frequency from A to Z: St to Sy — Stability(2023年3月1日更新)。安定度の定義と精度との違い。