QunaSysと産総研がlin-odeを公開、非線形方程式の線形化を比べる

淡い格子の一つの交点に珊瑚色の曲線が触れ、脇に三色の半透明の帯が並ぶ。方程式の表し方を選び、必要な要素を取り出す発想を表す抽象画。

流体の動きや材料の変化を計算するときは、ある瞬間の状態から、その後の変化を追っていきます。ところが、変化の速さが現在の状態に複雑に依存する「非線形」の方程式は、そのままでは量子計算向けの線形な計算手法につなぎにくい対象です。

QunaSysと産業技術総合研究所は2026年10月26日、非線形な常微分方程式を線形の表現へ変換するライブラリ「lin-ode」を発表しました。複数の変換方式を同じ枠組みで扱い、必要な行列要素を取り出せる公開コードです。量子CAEの研究で、計算対象をどう表現すればよいか比較するための道具が増えた、と捉えると役割が分かります。

簡単にまとめると?

  • lin-odeは、多項式で記述した非線形な常微分方程式について、線形化の方式と基底関数の組み合わせを検討するライブラリです。
  • 大きな行列をすべて作って保存する前に、指定した行列要素を必要に応じて計算できます。
  • 公開されたのはアルゴリズム開発を支える仕組みです。工業規模の解析を量子計算機で高速化した実証や、あらゆる問題での精度保証とは分けて見る必要があります。

方程式を「何について解くか」から選び直す

常微分方程式は、時間とともに変わる状態と、その変化の速さとの関係を表します。例えば、ある量を x としたとき、変化の式に x の二乗が含まれると、量を2倍にしても、その項の影響は2倍にはなりません。こうした関係が非線形です。

ここでの線形化は、単に曲線を一本の直線で置き換えることに限りません。元の状態だけでなく、その状態から作った関数や、状態の分布を計算の対象に選ぶことで、時間変化を線形な作用素で記述します。作用素とは、関数を別の関数へ変える規則のことです。基底関数という共通の部品で表現すると、その規則を行列として扱えるようになります。

lin-odeは、状態から計算した観測量の関数を扱うKoopman、確率密度を扱うLiouville、絶対値の二乗が確率密度になる振幅を扱うKoopman–von Neumann(KvN)の3方式に対応します。どの量を時間とともに進め、最後に何を読み取りたいかが、方式を選ぶ出発点です。

基底には、状態のべき乗を並べるCarleman、近似の基準点を使うPivot-switching Carleman、ガウス関数で重み付けしたエルミート関数を用いる表現があります。ただし、方式と基底の組み合わせは自由に選べる総当たり表ではありません。公開コードの説明では、LiouvilleとKvNは二乗積分可能な基底を必要とし、適合しない組み合わせはエラーになります。また、有限個の基底で打ち切る際には近似が入るため、線形な形になっただけで精度が保証されるわけではありません。

巨大な行列から、必要な一要素を取り出す

ライブラリの流れは、方程式の入力、線形化方式の選択、基底の指定、行列表現という順です。元資料の図では、方程式を表す青い箱に、方式と基底を選ぶ黄色い箱が別々につながっています。これらを分けておくことで、同じ問題に対して表現だけを変え、その影響を比較しやすくしています。

lin-odeの処理の流れ。入力した方程式へ線形化方式と基底を指定して行列を表し、初期値や観測量は別経路でベクトルへ変換する。
lin-odeの処理構成。上段は方程式から行列へ、下段は初期値や観測量からベクトルへ進む流れです。出典:QunaSys「量子CAEの研究開発に向けた常微分方程式の線形化ライブラリ『lin-ode』を開発」(2026年10月26日)掲載図。画像を選ぶと拡大できます。

重要なのは、行列のすべての要素を先に埋めなくてもよいことです。行と列に当たる二つの基底を指定すると、それに対応する要素を数式から求めます。巨大な表を丸ごと保存する前に、必要な欄だけを計算するイメージです。

公開チュートリアルのKPP–Fisher方程式では、反応と拡散を空間の格子上に分けて記述しています。ある格子点の量が増減する式には、隣の格子点とのやり取りと、その点自身で起きる反応が含まれます。例にある R u² という反応項について、一次の基底から二次の基底への係数を指定すると、行列要素として R を取り出せます。

この例では、格子全体を大きくしても、同じ局所的な係数を求めるために全格子を走査する必要がありません。ただし、一要素の取得にかかる処理と、行列全体の構築、時間発展の計算、量子回路の実行は別です。ライブラリのこの性質から、解析全体が一定時間で終わるとは言えません。

論文の小規模実験と、今回のコード公開を分けて見る

関連するPivot-switching Carleman法の論文は、2026年1月に公表されています。近似の基準点を解の近くへ移すことで、従来の打ち切りで問題になった長時間の計算の発散を抑える方法を研究したものです。基準点の更新には状態を知るための測定が関わるため、近似精度と更新の負担の両方が問題になります。

論文ではロジスティック方程式を対象に、3次の近似、基準点1、3量子ビット、各状態推定の総測定回数4096という条件で実機実験を行っています。状態の成分のスケーリングや誤り緩和を用い、雑音のないシミュレーターとの一致を調べた小規模な検証です。論文は一般的な回路構築法や具体的な計算量の評価を今後の課題にも挙げています。

10月のlin-ode公開は、こうした方式を含む線形化を比較・実装しやすくする取り組みです。1月の実験を、今回のライブラリで大規模な流体解析を高速に処理した結果として読むことはできません。コードが使えるようになることと、ある用途で従来計算を上回ることの間には、問題に合わせた検証が残っています。

試すときは、取り出す量と誤差をそろえる

量子CAEのアルゴリズムを検討する研究者にとっては、同じ方程式に対して方式や基底を変えられることが使いどころになります。比較では、入力する右辺が多項式で表せるか、境界条件が何か、どの次数まで基底を残すかをそろえます。そのうえで、必要な観測量、時間範囲、許容誤差を決め、古典計算などの参照結果と比べると、表現の違いによる影響を見分けやすくなります。

計算時間も、行列要素の生成、行列や回路の準備、実行、結果の読み出しに分けると、どこで負担が減ったのかが明確になります。公開資料の利用例は試行の入口になりますが、製品設計に必要な精度や計算時間は、対象の方程式と規模で確かめる必要があります。

なお、10月27日に確認した公開リポジトリの版では、配布条件を示すLICENSEファイルやプロジェクト設定のライセンス欄は見当たりませんでした。発表はOSS公開としていますが、コードを組み込んだり再配布したりする際の条件は、利用する配布版で確認するのがよいでしょう。

出典

  1. 産業技術総合研究所「量子CAEの研究開発に向けた常微分方程式の線形化ライブラリ『lin-ode』を開発」(2026年10月26日)。発表本文
  2. QunaSys「量子CAEの研究開発に向けた常微分方程式の線形化ライブラリ『lin-ode』を開発」(2026年10月26日)。技術説明と構成図。産総研の発表と同じ共同開発に関する資料です。
  3. Katsuhiro-Endo/lin-ode、確認したコードの版(コミット3ef85ac、2026年10月21日)。利用例、用語・方式・基底の説明。本記事では説明とコード構成を確認し、実行速度の再測定はしていません。
  4. K. Endo and K. Z. Takahashi, “Divergence-free algorithms for solving nonlinear differential equations on quantum computers,” Physical Review Research 8, 013057(2026年1月20日)。原論文。方式の背景と実験条件は第III節、第IV節B、議論は第V節を参照。