原子の並びを写す硬X線を、電子が動くほど短い時間だけ当てられたら、物質の見え方はどう変わるでしょうか。東京大学、理化学研究所、大阪大学などの国際共同研究グループは10月27日、アト秒の時間幅を持つ硬X線レーザーパルスの生成と、その時間幅の評価を発表しました。論文は10月20日付でNature Photonicsに掲載されています。
今回の鍵は、短いパルスを発生させる技術に加え、その短さを確かめる方法にあります。銅に照射したときの蛍光を測り、異なる時間幅を仮定した計算と比べることで、100〜400アト秒程度という結果を得ています。この値は、すべての発生パルスに一律に当てはまる仕様ではありません。
簡単にまとめると?
- 実験は米国LCLSで行われ、日本のSACLAで開発された集光ミラーが使われました。
- 硬X線を銅へ強く集光し、増幅された蛍光の光子数からパルスの時間幅を推定します。
- 100〜400アト秒という比較には、パルスの選別、エネルギー、波形の仮定が関わります。弱いパルスでは測定のばらつきが大きくなります。
硬X線の短い照射で、電子の動きを捉える
1アト秒は10の18乗分の1秒です。100〜400アト秒は0.1〜0.4フェムト秒に相当し、原子や分子の中で電子が動く時間に近づきます。動く被写体を短い露光で捉える写真と同じように、観測に使う光が短ければ、その間に起きる変化を重ねずに調べやすくなります。
硬X線には、原子間の距離に近い短い波長と、エネルギーを選んで特定の元素の電子状態を調べられる特徴があります。時間幅も短くできれば、原子程度の空間スケールと電子の動く時間スケールを結ぶ観測へ進めます。今回の研究はそのための光源と評価法を示したもので、化学反応の電子の動きを実際に撮影した報告とは区別する必要があります。
LCLSで発生させ、銅の蛍光で時間幅を調べる
研究には米国のX線自由電子レーザー施設LCLSが使われました。自由電子レーザーは、高速の電子ビームを周期的な磁石列「アンジュレータ」に通して光を発生させる装置です。電子ビームを非常に短く圧縮することで、それに対応する短いX線パルスを作ります。SACLAは集光ミラーの開発元であり、今回の実験場所はLCLSです。
ただし、X線のエネルギー分布が広いというだけでは、時間幅の上限まで決まりません。光のエネルギーと発生時刻の関係によっても分布が広がるためです。そこで研究グループは、物質へ照射した後に起こる「増幅自然放出(ASE)」を時間幅の評価に利用しました。
銅の原子がX線のエネルギーを受け取ると、内側の電子が抜けた状態が生まれます。その穴を埋める過程で出るX線が、周囲の励起した原子からも放出を誘い、特定の方向へ強い蛍光が成長します。同じエネルギーを狭い場所へ照射しても、短い時間へ集中するか、長い時間へ分散するかで、この放出の育ち方は変わります。
著者公開版の実験条件では、光子エネルギー9.05keVの硬X線を、強度の半値全幅で150nmのスポットへ集光し、厚さ20µmの銅箔へ照射しています。銅箔は照射ごとに位置を動かし、前の照射で傷んだ面を次の測定に使わないようにしました。パルスのエネルギーと集光サイズを別に押さえたうえで、蛍光の光子数を時間幅の異なる計算結果と比較します。
100〜400アト秒は、どのパルスについて言えるのか
比較の対象は、測定したスペクトルが単一の山に近いパルスです。著者公開版では、時間方向にも目立つ副ピークがなく、ガウス形の波形を持つと仮定して計算しています。時間幅は、強度が最大値の半分になる二つの時点の間隔、すなわち半値全幅で示されます。
公表資料は、パルスエネルギーが2µJ以上の領域を中心に、100〜400アト秒程度と評価しています。刊行版の図3では、100アト秒、400アト秒、1フェムト秒の各計算の周囲に、光子の統計的なばらつきを表す95%信頼区間を示しています。測定点を曲線一本に当てはめて正確な時間幅を言い切るのではなく、信号の違いとばらつきの両方から短さを評価しているわけです。
一方、2µJ未満では検出器に届く光子が少なくなり、異なる時間幅の予測範囲が重なります。そのため、弱いパルス一つ一つの長さを同じ精度で判別することは難しくなります。「100アト秒の硬X線」と読む際には、どのパルスを選び、どれだけの信号を得た結果かが大切です。

図の左側(a)は、横軸が試料上のパルスエネルギー、縦軸が検出されたASE光子数で、縦軸は対数目盛です。丸が測定点、青・赤・緑の線と帯が、それぞれ100アト秒、400アト秒、1フェムト秒を仮定した計算と95%信頼区間です。灰色の横線はエネルギーごとにまとめた平均、水色の縦の棒は標準偏差を示します。右側(b)は左図の五つの点に対応する入射X線スペクトルで、時間波形を直接写したものではありません。曲線の間から外れる点もあり、すべてのパルスが同じ長さだと読むことはできません。
物質を傷める前の観測へ、残る測定上の課題
X線は物質を調べる一方、電子を取り去ることで観測対象の状態も変えてしまいます。照射時間をさらに短くできれば、こうした変化が広がる前の情報を取り出せる可能性があります。ただし、今回の銅を使った評価実験を、物質を傷めない撮影の完成実証として読むことはできません。
評価法にも適した時間の範囲があります。著者公開版では、銅の内殻の穴の寿命に比べてパルスが短くなると、蛍光の信号が時間幅の差を反映しにくくなると説明されています。より短い光を作ることと、それを見分けられる測定系を用意することは、共に進める課題です。
今回の成果は、硬X線の短さをスペクトルだけから推測する段階に、非線形な蛍光応答という別の手がかりを加えました。今後の応用を見る際には、短いパルスが得られる割合、パルスごとの時間幅の評価、必要なエネルギーを保ったまま試料へ届けられるかが、使いやすい観測手段へ進むための判断材料になります。
出典
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科「アト秒X線レーザーの生成に成功」(2026年10月27日、発表本文・図1)。
- 理化学研究所「アト秒X線レーザーの生成に成功」(2026年10月27日、同じ国際共同研究の発表)。
- Ichiro Inoueほか「Experimental demonstration of attosecond hard X-ray pulses」Nature Photonics(2026年10月20日掲載)。
- 同論文の著者公開版 arXiv:2506.07968v1(2025年6月9日、Results・Discussion・Methods。詳細な実験条件はこの版に基づく)。
