Pasqalの256原子量子磁石、相関がゆっくり落ち着く領域を探る

薄紫・珊瑚色・淡緑の小さな菱形が網目でつながり、中央にゆるやかな波が残る抽象画

量子磁石の条件を急に変えたとき、内部のスピンはどのように落ち着くのでしょうか。Pasqalと共同研究者らは、256個の中性原子で磁石の模型を組み立て、速く熱平衡へ近づく動きと、途中の状態に長くとどまる動き、その間でゆっくり緩和する動きを観測しました。注目点は、原子の数だけでなく、古典計算で追いにくくなる時間帯に何を確かめられたかにあります。[1–3]

Pasqalがこの研究を紹介したのは2026年10月27日です。基になった論文は8月7日投稿のarXiv v1で、ここではその版に示された実験と計算を読みます。

簡単にまとめると?

  • 16×16に並べた原子を使い、量子磁石の内部の結び付きが時間とともに変わる様子を調べています。
  • 相互作用に対する横磁場の比によって、速い熱化、遅い緩和、前熱化という三つの傾向が現れました。
  • 古典計算とよく一致する初期の時間と、計算の予測が互いに食い違う後半の時間を分けて検証しています。
  • 遅い緩和の原因には未解明な点が残ります。計算時間や費用で量子優位を実証した研究ではありません。

原子で磁石の模型を作り、急に動かす

実験で使うのは、ルビジウム原子を16×16に並べた配列です。各原子の基底状態と、電子を高く励起したリュードベリ状態を、スピンの二つの状態として扱います。リュードベリ状態の原子同士の相互作用と、レーザーで二つの状態を切り替える働きを組み合わせ、二次元の横磁場イジング模型に対応する動きを調べます。

この模型は、隣り合うスピンの向きを揃えようとする働きと、その向きを変えようとする働きの競合を表します。横磁場は後者の大きさを表す量で、実験装置の原子へ横から磁石を当てているという意味ではありません。実際の原子配列には遠くの原子との相互作用や端の効果もあり、理想的な模型と完全に同一ではない点も計算で調べています。

最初はすべてのスピンを揃え、横磁場を急に立ち上げます。このように系の条件を急に変える操作をクエンチと呼びます。実験ではレーザーが作る横磁場を一定に保ち、原子間隔を変えて相互作用の強さを調整しました。横磁場を hx、相互作用の基準となる強さを J とすると、比較する条件はその比 hx/J で表せます。[1]

平均の向きだけでは、落ち着いたか分からない

研究者らが追ったのは、スピンの平均的な向きである磁化と、二つのスピンの状態がどの程度結び付いているかを表す相関です。たとえば、二つのスピンがそれぞれ半々の確率で上下を向いている場合でも、毎回一緒に向きを変える場合と、別々に動く場合では相関が異なります。一個ずつの平均値が同じでも、内部の動きまで同じとは限りません。

実験では、各時刻について300回測定し、原子の欠損が1.5%未満の結果を選んで、およそ250回分から相関を求めています。状態の準備と読み出しに伴う誤りも、別に測定した誤り率を使って補正しました。こうした相関を、系のエネルギーに対応する熱平衡の計算値と比べることで、緩和の進み方を見分けています。[1]

速い熱化、遅い緩和、途中での停滞

横磁場と相互作用の比を変えると、観測した時間内に三つの傾向が現れました。比が2〜2.5付近では、相関に基づく量が速く熱平衡の値へ近づきます。比が6の強い横磁場の条件では、最終的な熱平衡とは異なる水準にとどまります。そして比が3.5の中間の条件では、はっきりとした停滞状態にはならず、相関がゆっくり減衰しました。

256原子の実験で、横磁場と相互作用の比が2.5、3.5、6の条件における相関由来の量の時間変化と、その時間平均を比較した原論文の図2
図2。Cの左・中央・右はそれぞれ hx/J=2.5、3.5、6。縦軸の Ecl/J はスピン間の相関を相互作用の強さで重み付けして集めた量です。黒い破線は熱平衡、灰色の破線は前熱化の予測値。Dは有限の観測時間内での平均を比較しています。出典:Tiago Mendes-Santosほか、arXiv:2608.07178v1、Fig. 2、CC BY 4.0。PDFから図領域を切り出し、内容は変更していません。画像を選択すると拡大できます。

強い横磁場の条件で見られた停滞は、前熱化と呼ばれます。横磁場による速い回転を平均して見ると、元のイジング模型とは異なる有効的なXY型模型が現れ、その模型の性質が途中の状態を説明します。ここで「有効的」とは、ある条件や時間の範囲で元の系の動きを近似できるという意味です。前熱化は永久に熱平衡へ到達しないことを示すものではありません。

一方、中間の条件でなぜ緩和が遅くなるのかは、まだ定量的に解明されていません。著者らは、強い横磁場で成り立つ近似が崩れることと、転移付近で変化が遅くなる効果の両方を候補に挙げています。遅い動きを観測したことと、その原因を特定できたことは区別する必要があります。[1]

古典計算と比べられる時間、比べにくくなる時間

量子シミュレーターの結果を確かめるため、研究では二次元テンソルネットワーク、行列積状態、木構造テンソルネットワークという三種類の古典計算法を使っています。いずれも巨大な量子状態をそのまま全部保存する代わりに、小さな配列の組み合わせで近似する方法です。配列の間にどれだけ情報を保持するかを表す「ボンド次元」を大きくすると、より複雑な状態を表せますが、必要な計算資源も増えます。

初期の時間では実験と計算が一致します。しかし時間が進むと、比較した計算法の予測が互いに離れます。中間の条件での16×16配列では、相互作用の時間尺度を使った tJ が1程度を超えると、その食い違いが明瞭になりました。量子状態の複雑さが増すことで、有限のボンド次元で扱える範囲が限られるためです。

計算条件も同じではありません。論文の主図では二次元テンソルネットワークのボンド次元を40、16×16の行列積状態を600、木構造を512としています。異なる表現の数字なので、大小だけで精度の順位は決められません。後半の時間では計算同士の差が実験との差と同程度かそれ以上になるため、どれか一本の計算曲線を正解として実験を評価できなくなります。[1]

残る誤差と、この実験から分かること

計算が追いにくいからといって、量子装置の値が自動的に正しいことにはなりません。著者らは、より小さな5×5配列を使った計算でも三つの緩和の傾向を確かめ、別に較正したノイズを含めた解析も行っています。ただし、この小さな系のノイズ解析を16×16の実験へ直接適用することはできないと明記しています。ノイズ、配列の端、有限の大きさが緩和の速さに与える影響は残ります。

今回の結果は、原子配列を使う量子シミュレーターが、理論を確認するだけでなく、説明しきれていない集団的な動きを探す道具になり得ることを示しています。今後は、配列の大きさや観測時間を変えた系統的な比較、ノイズの低減、古典計算側の改善が、遅い緩和の原因を絞る手掛かりになります。計算時間や費用の比較による量子優位の実証とは異なり、どの現象を、どの時間帯まで確かめたかがこの研究を読む軸です。[1][3]

この実験を担うPasqalの装置やサービスは、CyclewaveのPasqalの企業解説で紹介しています。中性原子方式の計算機を、装置の納入・クラウド・開発支援として利用者へ届ける事業を知るための案内です。

出典

  1. Tiago Mendes-Santosほか「Exploring the Relaxation Landscape of a 2D Quantum Magnet on a 256-Qubit Processor」(arXiv v1、2026年8月7日)。本文・Methods・図2、4、6、7を参照。
  2. Pasqal「Pasqal’s neutral-atom processor uncovers quantum magnet behavior that theory did not predict」(2026年10月27日)。
  3. Alexandre Dauphin / Pasqal「Unexpected relaxation in a 2D quantum magnet on a 256-qubit processor」(2026年10月27日)。
  4. Creative Commons Attribution 4.0 International(原図のライセンス)。