金星のデータ同化、断片的な雲の観測から立体的な風を推定

淡い杏色の球殻の内側に緑と紫の曲面が重なり、外側の小さな点から細い線がつながる抽象画

雲の動きを上空から追えば、その高さの風が分かります。けれども、雲の下で空気がどう流れているかまでは、同じ画像から直接は見えません。慶應義塾大学、神戸大学、理化学研究所などの研究チームは、金星探査機「あかつき」が残した断片的な風の観測を数値モデルに取り込み、観測のない高度を含む大気の立体構造を推定しました。

成果の論文は2026年10月23日にnpj Space Explorationへ掲載され、共同研究の紹介は10月26日から公開されています。今回の進展は、新たな観測装置で金星の内部を撮影したことではありません。蓄積された観測を、観測量の異なる複数の時期にわたってモデルへ結びつけ、時期ごとの風の違いを調べられる範囲を広げたことです。

簡単にまとめると?

  • 金星の大気が自転より速く周回する「スーパーローテーション」を、あかつきの雲頂の風と数値モデルを組み合わせて調べました。
  • 対象は2017~2022年から選んだ五つの約半年間です。6年間全体を途切れなく再現した研究ではありません。
  • 観測に近づいた雲頂の風と、モデルが推定した見えない高度の循環は、確かめられている範囲が異なります。

見えているのは、昼側の雲の動き

スーパーローテーションは、惑星本体の自転を追い越す速さで大気が周回する現象です。金星の雲頂には高速の風が吹いていますが、その速さは時期や緯度によって変わります。北半球と南半球で違いが現れることもあり、単に「金星には速い風がある」という平均像だけでは十分ではありません。

今回取り込んだのは、あかつきの紫外線画像で雲の模様を追跡して得た水平風です。波長365ナノメートルの画像を使い、高度約70キロメートル、南緯60度から北緯60度までの昼側を対象としました。夜側に仮想の観測値を置いたり、別のカメラの温度を同時に取り込んだりした実験ではありません。

ここで考えたいのは、地図の一部にだけ矢印が描かれている状況です。矢印の間を線でつなぐだけなら、見えない時間や高さで空気がどちらへ動くべきかは決まりません。そこで、空気の運動や温度変化を計算する大気大循環モデルを使います。

モデルのずれを、観測のたびに補う

観測とモデルの予測を、それぞれの不確かさを考慮して合わせる方法が「データ同化」です。観測を正解としてすべての計算値を上書きする方法でも、モデルだけを信じて先へ進める方法でもありません。どこにどの程度のずれがあり、そのずれが周囲の状態とどう関係しているかを使って、大気の推定を更新します。

研究で用いたALEDAS-Vは、金星大気のモデルAFES-Venusと、複数の計算結果から誤差の関係を扱う局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)を組み合わせた既存のシステムです。たとえば、雲頂の風が計算より遅いと分かれば、その場所の値を補正するだけで終わりません。修正後の状態から次の時間を計算する間に、力の釣り合いや熱の運び方も変わり、南北や上下の流れへ影響が及びます。

このように得られるのは、物理法則と観測の両方を使った推定です。雲の下に新しい測定器を置いたことにはならないため、観測されていない高度の結果にはモデルの性質が残ります。

「風が合った」と「大気全体が分かった」の間

研究チームは、風が速い二つの時期、中間の一つ、遅い二つを選び、それぞれ約6か月の実験を行いました。観測を取り込まない計算と比べると、取り込んだ観測に対する風速の誤差は約74~80%小さくなっています。ただし、これは同化に使った観測に対する比較であり、未観測の空気の流れまで同じ割合で正確になったという意味ではありません。

推定された南北・上下方向の循環にも時期による違いが現れました。この流れは「子午面循環」と呼ばれます。表面を一周する風の速さだけでなく、空気が緯度をまたいで移動し、上昇・下降する構造を調べるための手掛かりになります。一方、その変化が金星の実際の力学をどの程度表しているかは、雲より低い大気の風や温度など、別の観測との比較を必要とします。

また、観測の取り込みが止まっても、同化した計算と、観測を取り込まない計算との差は約1か月残りました。これは、観測の影響がモデル内に保持されることを表します。「1か月先の天気を正確に予報できた」という検証とは区別して読む必要があります。

観測と推定を分けると、次に必要な測定が見える

読者が今回の成果を見るときは、次の三つを分けると、その強みと残る課題を捉えやすくなります。

情報 何を表すか 次に確かめたいこと
雲の模様から求めた水平風 限られた高さ・昼側で得た観測 撮影範囲や追跡の誤差
同化した雲頂の風 観測を取り込んで修正した計算 入力に使わない観測との一致
観測のない高度の循環 修正後の状態からモデルが推定した流れ 別の高度の風・温度による検証
観測と推定の役割を区別するための整理。研究の実測値を描いた図ではありません。

少ない観測から大気全体の仮説を作れるようになると、その仮説を見分けるために、次はどの高さの何を測ればよいかも考えられます。今回の研究は、見えない領域を確定した地図として埋めるのではなく、蓄積された観測を生かして、検証できる大気像を組み立てるための前進と受け取れます。

出典

  1. Yukiko Fujisawa et al., Reconstructing a long-term atmospheric circulation of Venus from sparse observations, npj Space Exploration 2, 40(2026年10月23日)。本文、Methods、補足表S1・図S1/S2。
  2. 慶應義塾大学ほか、金星大気「スーパーローテーション」の長期変動を再現(2026年10月26日)。理化学研究所の掲載ページ(10月27日)も同じ共同研究の紹介です。