磁性材料の性質を変えるとき、含まれる元素や膜の厚さは重要な設計項目です。そこへ、薄い膜の一層ごとに「どちら向きにひずませるか」という選択肢を加えた研究が発表されました。
名古屋大学と千葉大学の共同研究チームは、コバルト(Co)とルテニウム(Ru)を重ねた磁性多層膜で、ひずみの向きを層ごとに交互に変える手法を開発しました。磁化の測定と理論解析を組み合わせ、層間のDzyaloshinskii–Moriya(DM)相互作用が強まることを示しました。磁化のねじれ方を決めるDMベクトルが交互に並ぶモデルによって、測定結果を説明しています。成果は2026年10月15日に論文掲載され、10月19日に発表されました。
簡単にまとめると?
- 柔らかい基板を曲げながら成膜し、曲げる向きを交互に変えることで、Co/Ru多層膜の各層に異なる向きのひずみを残しました。
- 全層を同じ向きにひずませた試料とは、磁場に対する応答が異なります。交互のDM相互作用を含む計算で、その特徴を説明できました。
- 狙いは磁化のねじれ方を設計する新しい方法です。低消費電力メモリやスキルミオン素子の完成、消費電力の削減率を示した研究ではありません。
向きをそろえる力に、ねじれを好む相互作用を加える
電子スピンは、電子が持つ磁気的な性質です。強磁性体では多くのスピンが同じ向きにそろい、材料全体の磁化を作ります。今回の試料は、磁性を持つCoの薄い層の間にRuを挟み、隣のCo層の磁化が反対向きになりやすいようにした人工反強磁性体です。
反対向きを好む結合だけを考えると、隣り合う層は互いに打ち消し合うように並びます。DM相互作用は、そこへ磁化の向きをねじる傾向を加えます。その大きさと、どちら向きのねじれを好むかをまとめて表した量がDMベクトルです。
この相互作用が現れるかどうかは、周囲の構造の対称性や、電子の運動とスピンの結び付きに関係します。従来は特殊な結晶や異なる材料の境界を使って設計してきました。今回の研究では、層の材料をそろえたまま、ひずみの空間的な並び方を変えることに着目しています。
成膜のたびに、基板を曲げる向きを変える
ひずみは、材料の長さや形がどれだけ変形したかを表します。材料の内部にかかる力の状態である応力と関係しますが、両者は同じ量ではありません。
研究チームは、厚さ0.1 mmのPENという樹脂シートを基板に使いました。まず基板を一方向に曲げた状態で金属膜を作り、基板を平らに戻します。すると、そのときに作った膜には圧縮する向きのひずみが残ります。次の層を作るときは、曲げる向きを直角に変えます。これを真空中で繰り返し、異なる向きのひずみが層ごとに交互に残る多層膜を作りました。
公開プレプリントで詳しく示されている試料は、Co層を10層持つ構造です。基板の曲率から見積もった各層のひずみは約0.8%でした。この数字は基板全体を大きく折り畳んだ割合ではなく、膜の変形の度合いを表します。
成膜後に一方向から試料全体を曲げる方法では、各層に似た向きのひずみが入ります。層ごとに異なる並びを作れる点が、今回の成膜機構の特徴です。
「ひずませたから変わった」だけでは説明しない
研究チームは、交互にひずみを入れた試料だけでなく、ひずみを導入しない試料と、同じ向きのひずみを全層へ導入した試料も比較しました。磁場を変えながら磁化を測ると、交互にひずみを入れた試料では、弱い磁場で磁化がより急に増える一方、磁化を十分にそろえるためには大きな磁場が必要になる、という変化が現れました。
ひずみは通常、磁化が向きやすい方向を変えることがあります。そこで、この磁気異方性だけで結果を説明できるかも調べています。しかし、全層に同じ向きのひずみを入れた場合の応答や、磁気異方性を加えた計算だけでは、交互ひずみの試料の特徴を再現できませんでした。
| 比較する条件 | 切り分けたいこと |
|---|---|
| ひずみを導入しない多層膜 | もともとの層間結合による磁化の振る舞い |
| 全層を同じ向きにひずませる | 単に変形させた効果や、磁化が向きやすい方向の変化 |
| 層ごとにひずみの向きを交互に変える | ひずみの空間的な並びによって加わる効果 |
| 交互のDM相互作用を含む計算 | 測定で見えた低磁場・高磁場の応答を一つのモデルで説明できるか |
理論解析では、ひずみに伴う局所的な電場の変化を仮定し、多層膜の対称性から、層間のDMベクトルに交互の並びが現れることを導きました。それを取り入れた磁化のシミュレーションは、実験で見えた二つの特徴を再現しています。個々のDMベクトルを顕微鏡で直接撮影した結果ではなく、対照実験とモデルを対応させて得た結論です。
大きさの推定と、素子としての性能を分ける
公開プレプリントでは、実験とシミュレーションの比較から、層間DM相互作用のエネルギーを単位面積当たり約0.3 mJ/m²と見積もっています。これは層同士の磁気的な結び付きの尺度であり、メモリへ一回書き込むときの消費エネルギーではありません。
また、薄膜の界面には混ざり合いや厚さの見積もりのずれがあり得ます。研究ではX線反射率で多層構造を確認していますが、設計した膜厚と測定から得た周期には差も記されています。磁化曲線を説明するモデルが得られたことと、各原子の位置や局所電場まで直接確定したことは、分けて読む必要があります。
将来は、磁化がねじれた構造やスキルミオンを設計する際に、ひずみの並び方を新たな調整手段として使える可能性があります。その先で必要になるのは、作製の再現性、微細な素子へ加工したときの安定性、電流による操作や読み出しを含む評価です。
同じ材料を重ねても、どの層にどちら向きの変形を残すかで、磁気的な結び付きが変わる。今回の研究は、材料の組成や界面に加え、ひずみの空間配置を設計変数として扱う道筋を示しています。
出典
- 名古屋大学・千葉大学「人工磁性材料の“ひずみ”を設計し、新たな磁気機能を創出」(2026年10月19日)。
- Y. Iwata et al., Giant staggered Dzyaloshinskii-Moriya vectors emerged in synthetic antiferromagnets with spatially alternating stress, Physical Review Applied(2026年10月15日)。
- 同著者による公開プレプリント arXiv:2608.28953v1(2026年8月28日提出、補足資料を含む)。本記事の試料構成、ひずみの推定値、相互作用の数値と比較実験の詳細は、この版と大学発表に基づきます。
