慶應・理研、表面弾性波で変わる励起子発光を位相同期で追う

波打つ淡い緑と紫の面の上に薄い透明なシートを置き、同じ間隔で並ぶ五つの光を描いた抽象画

半導体をひずませると、光の色や出やすさが変わることがあります。では、ひずみが音の波として走っている間、光はどのように変わるのでしょうか。長い時間の平均だけでは、波の山と谷で起きる違いが見えにくくなります。

慶應義塾大学と理化学研究所の研究チームは、単層のセレン化タングステンに表面弾性波を伝え、光を当てた後に出る発光を調べました。論文は2026年8月21日に『Science Advances』へ掲載され、両機関が8月28日に発表しました。中心となるのは、音響波と光のタイミングをそろえ、発光のエネルギー、強さ、線幅、減衰を対応づける測定です。

簡単にまとめると?

  • 表面弾性波に合わせて原子層半導体をひずませ、励起子の発光を室温で調べました。
  • 約377MHzの音響波と、75.4MHzで繰り返す光パルスのタイミングを同期しました。波の一周期は約2.65nsです。
  • 時間平均の変化には加熱や電場の影響も含まれます。周期に沿う変化とゆっくりした変化を分け、何が発光を変えるかを調べた研究です。

平均すると隠れる、波の山と谷の違い

励起子は、光で励起された電子と、電子が抜けた場所に対応する正孔が引き合った状態です。その状態から光を出して戻る過程を調べると、材料の内部でどんな変化が起きているかを知る手掛かりになります。今回使ったセレン化タングステンは、原子数個分の厚さの層状半導体です。

研究では、ニオブ酸リチウムの基板上へ単層の試料を置き、櫛の歯のような電極から表面弾性波を発生させています。固体の表面を進む波が試料を周期的に伸ばしたり縮めたりします。ただし、基板には圧電性があるため、波に伴う電場も生じます。高周波を加えることによる温度上昇もあり、発光の変化を全てひずみの作用と決めつけることはできません。

実際、光パルスと音響波を厳密に同期しない測定では、高周波入力を強くするにつれて、発光が暗くなり、平均的な発光エネルギーも低くなりました。論文では、暗くなることには電場による電子と正孔の分離、平均エネルギーの低下には加熱が主に寄与すると説明しています。これは、周期のどの位置にいるかによる発光の変化とは分ける必要があります。

繰り返す現象の、同じタイミングを取り出す

そこで、音響波の周波数を光パルスの繰り返し周波数のちょうど5倍にそろえました。毎回の光が同じ音響位相、つまり波の一周期の同じ位置で試料へ届くようにします。そのタイミングを少しずつ変えると、山から谷へ移る間の応答を比べられます。単発の現象を一度だけ動画撮影したという意味ではなく、繰り返す現象を同期して調べる方法です。

同時に、干渉計を使って基板表面の上下の変位も測りました。発光の変化を、波がどのように動いているかと対応づけるためです。ただし、上下変位の絶対的な位相には半周期のあいまいさがあり、引張ひずみで発光エネルギーが下がる既知の関係を使って、山と谷への対応を決めています。変位の測定だけでひずみの符号まで独立に決まったわけではありません。実際の測定では、光を当てる領域の広がりやスペクトルの読取り誤差などによる、わずかな位相のずれも報告されています。

位相を変えて比べると、引っ張られる側では発光エネルギーが低く、発光は強く、線幅は狭くなる傾向が見えました。圧縮される側では、その逆の傾向です。一方、時間平均を動かす加熱は、約2.65nsの周期を追うには遅く、周期内ではほぼ一定の背景として現れます。

音響位相ごとの発光スペクトルと表面変位・発光エネルギー・強度・線幅の対応。引張側でエネルギーが下がり、強度が上がり、線幅が狭くなる。
音響位相と発光の対応。右上のBを上から見ると、表面変位、発光エネルギー、相対強度、線幅を同じ位相軸で比べられます。左下Cは引張側(赤)と圧縮側(青)のスペクトルです。小さい画面では図を開いて拡大できます。出典:Y. Takahashi et al., Science Advances 12, eaef5458 (2026), Fig. 3, doi:10.1126/sciadv.aef5458。© 2026 The Authors, CC BY 4.0。図の内容は変更せず、画像形式のみ変換。

発光の減り方から、谷の間を移る過程を考える

光を当てた後の発光は、時間とともに減ります。その減衰の途中にも音響波と同じ周期の振動が現れました。研究チームは、半導体の電子状態にあるKとQという異なる谷の間の移り変わりを取り入れたモデルで、この振動を説明しています。ここでいう谷は、材料表面の波の山谷とは別の、電子のエネルギー構造を表す言葉です。

引っ張りや圧縮は、この二つの谷のエネルギー差を変えます。その結果、光を出しやすい状態から出しにくい状態へ移る速さも変わる、という考え方です。単に励起子がひずみの低い場所へ集まる説明だけでは、発光の強さと線幅の両方を十分に説明できませんでした。

ただし、測定から推定した最大ひずみ約0.045%と、減衰モデルに置いた動的ひずみ0.1%・初期引張ひずみ0.25%は、同じ値ではありません。モデルには仮定したパラメーターがあり、遅い時間で実験とずれる部分も残ります。欠陥、周囲の誘電環境、残留ひずみなどの影響を整理することが、次の検証につながります。

光の色と減衰を、同じ時間軸で確かめる

位相ごとのスペクトルと発光の減衰を別々に測るだけでは、減衰の途中で光の色がどう動いたかまでは分かりません。そこで最後に、フーリエ変換分光と時間分解測定を組み合わせました。発光を二つの光路へ分け、一方をわずかに遅らせて重ね、その干渉の変化からスペクトルを再構成します。検出した光子の時刻も記録することで、発光後の時間と光の波長を一つの図に並べています。

この測定では、発光が弱くなる間もピークのエネルギーが約2.65ns周期で振動し、その変化は約8ns、音響波のおよそ3周期にわたって見えました。明るさが変わるだけでなく、発光エネルギーも音響波に応答し続けることを示しています。これは測定された発光信号の時間変化であり、励起子が一つずつ同じ経路を運ばれる様子を直接撮影したという意味ではありません。

「暗くなった」だけでは決まらない作用

音響波で光を制御する素子を考えるとき、入力を増やしたら光が強くなった、あるいは暗くなった、という平均値だけでは設計の手掛かりが足りません。同じ試料でも、電場による電子と正孔の分離、温度上昇、周期的なバンド構造の変化が重なるためです。今回の測定は、どの観測を組み合わせれば、それぞれを切り分けて考えられるかを示しています。

見るもの 今回の測定で分かること それだけでは決まらないこと
時間平均の発光 高周波入力に伴う暗化や平均エネルギーの低下 変化がひずみだけによるか
同じ音響位相でのスペクトル 山と谷に対応するエネルギー・強度・線幅の変化 各機構の寄与を全て独立に分離できたか
時間分解発光とフーリエ変換分光 減衰しながら続く発光エネルギーの周期変化 個々の励起子の移動距離や、素子の消費電力

電場の作用も完全に分離できたわけではありません。論文は、電場による励起子の分離と、電場でエネルギーが変わるシュタルク効果をさらに区別する必要を挙げています。今回の成果は、室温の原子層半導体で動的なひずみと発光を対応づけた測定とモデルです。省エネルギー素子への応用は今後の方向であり、完成した製品の効率や、長距離の励起子輸送を実証した結果とは分けて読む必要があります。

出典