量子プロセッサを大きくする方法は、一枚のチップに量子ビットを詰め込むことだけではありません。複数のチップを量子的につなぎ、離れた場所の量子ビットを一緒に操作する方法もあります。ただし、ケーブルを取り付ければ、そのまま一台の計算機として使えるわけではありません。接点で失われる信号、冷却中の磁場、量子状態を受け渡すために増える操作が、計算の誤りにつながります。
IBM Researchの研究チームは、120量子ビットのNighthawk R1プロセッサ2枚を、長さ約80cmの超伝導ケーブル4本で接続した実験を報告しました。2026年10月21日に公開されたプレプリントです。状態を渡す操作と、別のチップにある量子ビット同士のゲートを測り分けると、「つながる」ことから「一緒に計算する」ことまでの距離が見えてきます。
簡単にまとめると?
- 取り付け済みのプロセッサへ、垂直方向から接続できる4本のL-couplerを試作。量子状態転送の忠実度は平均99.00%でした。
- チップをまたぐCZゲートの忠実度は平均94.75%。状態転送に加えて必要な局所ゲートなどの負担が、同じ接続でも異なる成績を生みます。
- 冷却時の磁場、接点の組み立てやすさ、複数経路の同時動作まで調べた実験です。240量子ビット全部を使う計算や、誤り訂正された大規模計算を実証したものではありません。
計算用の量子ビットから、ケーブルへ橋を架ける
今回のL-couplerは、単なる長い配線の名前ではありません。計算を担うチップ内の量子ビットと、接続専用のL-qubit、結合の強さを調節する回路、チップとの接点、アルミニウムの同軸ケーブルを組み合わせた経路です。反対側にも対応する素子を置きます。
L-qubitは動作周波数を変えられる量子ビットです。ケーブルとの結合を切り替えるi2m couplerと協調して、量子状態をケーブルの定在波モードへ渡します。定在波モードとは、ケーブルの長さに対応して定まる電磁場の振動の仕方です。今回の接続では、隣のモードとの周波数間隔が約150MHzなのに対し、結合は8〜9MHz程度。約5GHzの一つのモードを選び、中継に使っています。
この構成の利点は、計算用の量子ビットと接続用の量子ビットを分けて設計できることです。一方で、別のチップの計算用量子ビットに作用させるには、途中の素子へ状態を移す操作が増えます。ケーブルだけの性能を改善しても、経路全体の誤りが同じ割合で減るとは限りません。
99%の状態転送と、94.75%の遠隔ゲート
まず研究チームは、各ケーブルの両端にあるL-qubit間で、量子状態をどれだけ正確に渡せるか調べました。状態の準備と測定に由来する誤差を分離するネットワーク・ベンチマーキングで、4経路をそれぞれ両方向から評価しています。4経路の平均忠実度は99.00%、最良の経路は99.29±0.07%でした。忠実度は意図した操作への近さを表す指標で、記事を読む際には何を対象に測った値かが大切です。
次に行ったのは、異なるチップの計算用量子ビット間のCZゲートです。CZは、2量子ビットの特定の状態に条件付きで位相を加える操作で、単一量子ビット操作と組み合わせて量子もつれを作れます。今回の実装では、2回の状態転送、3回の局所CZゲート、4回の単一量子ビットゲートなどを一つの遠隔操作へまとめています。
| 測った対象 | 報告値 | 比較するときの範囲 |
|---|---|---|
| L-qubit間の状態転送 | 平均99.00%、最良99.29±0.07% | 4経路の両方向を評価。計算用量子ビット間の一連の操作とは異なる |
| チップ間のCZゲート | 平均94.75%、最良96.42±0.28% | 転送と局所ゲートを含む一連の操作全体 |
| 6量子ビットのGHZ状態 | 補正前67.67±0.66%、読み出し補正後90.87±0.74% | 出来上がった状態の忠実度。ゲートの忠実度とは測定対象が異なる |
遠隔CZの平均忠実度は94.75%になりました。最良の経路でも96.42±0.28%で、状態転送の99%より低い値です。これは矛盾ではありません。状態を渡すたび、局所ゲートをかけるたびに誤りの機会が増えるためです。最良の遠隔CZについて各操作の誤りを独立に足し合わせるモデルでも、到達できる忠実度の上限は97.34±0.05%でした。実測との差について、著者らは転送しきれずL-qubitに残った励起などの影響を挙げています。
読者にとって有用なのは、99%という数字を装置全体の成功率に置き換えないことです。接続方式を比較するなら、状態転送なのか遠隔ゲートなのか、準備・測定の誤差をどう扱ったか、同時に何経路を動かしたかをそろえる必要があります。
冷えてからでは取り戻せない損失と、後から取り付ける接点
ケーブル自体にも、冷却の手順で変わる損失がありました。別の試験で、アルミニウムが超伝導になる温度を通過するときに磁場を加えると、共振の品質係数Qが低下しました。Qは、電磁場のエネルギーがどれだけ失われにくいかを表し、大きいほど損失が小さい指標です。4.5〜7.5GHz帯の中央値は、印加磁場0Gで150万、14Gで25万でした。冷えた後に磁場を変えても、この損失は回復しませんでした。
そこでケーブルを磁気シールドの編組で覆いました。ただし、1本だけをシールドした試験と、実機で4本をまとめて覆った試験は同じ条件ではありません。組み立てた装置の約5GHzの各モードではQが86万〜109万でした。単体の良い値を、そのまま複数接続の実力として使わない点も重要です。磁場に伴う損失の詳細な機構は、まだ確定していません。
接点には、室温でインジウム同士を押し付ける接合を使っています。ばね付きのホルダーからケーブルをチップへ垂直に差し込む構成により、プロセッサを冷凍機に取り付けた後でも、2本の接続をまとめて組み立てました。4経路は、接点に触れずに行った3回の熱サイクル後も動作しています。
これは、装置をいったん温めて保守し、再び冷却する運用を考えるうえで意味があります。ただし、この実験では接点を外して再接合する試験をしていません。熱サイクルに耐えたことと、何度でも着脱できることは、分けて評価する必要があります。
複数の橋を同時に使う、その先に残る条件
研究チームは、隣り合う2経路を使って、二つのベル対を同時に作りました。ベル対は、2量子ビットが量子もつれを持つ状態です。一方の対では単独生成より忠実度が低下しましたが、両方とも読み出し補正を行う前の値で量子もつれを確認しています。「独立に経路を使える」ことは示しても、「同時使用による影響がない」とまではいえません。
さらに、チップをまたぐ4量子ビット、6量子ビットのGHZ状態も作りました。GHZ状態は複数の量子ビットにまたがるもつれの一種です。表の6量子ビットの値では、補正前と読み出し補正後を併記しました。補正後に90%を超えたことを、そのまま補正なしの物理操作の精度として扱うことはできません。
今回配線・測定したのは、2枚の120量子ビットチップのうち、接続経路の周辺にある一部の量子ビットです。大きなチップに複数の接続を組み込み、遠隔ゲートともつれまで動かした点が前進です。一方、全240量子ビットを使う計算、接続数を大幅に増やしたときの歩留まり、誤り訂正された計算の成績は、今回の実証範囲に含まれません。今後は接続用量子ビットの位相の安定性と、経路を使うために必要な操作数を、組み立てや冷却の条件と一緒に改善する必要があります。
研究を進める企業の事業や量子計算への取り組みは、CyclewaveのIBMの企業解説でも整理しています。
出典
- Neereja M. Sundaresan et al., Meter-scale quantum interconnects between large quantum processors, arXiv:2610.29986v1、2026年10月21日公開。本文・Methods・Extended Data(PDF)。査読前のプレプリント。投稿履歴は10月21日、PDF本文の日付表記は10月22日です。
