SSDでは、パソコンやサーバーから見えるデータの並びと、実際に記録された場所の並びは同じとは限りません。書き換えを重ねたあと、その違いを一つの数値で見られるでしょうか。
2026年のOCP APAC Summitに公式掲載された資料で、Phison Electronics(群聯電子)のAndrew Lin氏は、SSD内部の配置を読む「ΔPBAエントロピー」を提案しました。SSDのデータそのものの乱雑さを測る話ではありません。論理アドレスが隣り合うデータについて、物理的な保存先がどのように変わるかを調べる方法です。[1・2・5]
隣のデータは、SSDの中でも隣にある?
ホストが指定するLBA(Logical Block Address、論理ブロックアドレス)は、読み書きする場所を表す番号です。一方、発表資料のPBA(Physical Block Address、物理アドレス)は、SSD内の保存先を表します。両者の対応はFTL(Flash Translation Layer)という変換の仕組みが管理します。データを書き直すと、同じLBAでも別の物理位置を指すことがあります。[2・3]
Lin氏の指標は、隣り合うLBAの物理アドレスの差をΔPBA=PBA(i+1)−PBA(i)として記録します。たとえばLBAを順にたどったとき、PBAも毎回1ずつ増えれば、差はすべて「+1」。保存先の飛び方が不規則になれば、差として現れる値もさまざまになります。[2]
飛び先の「種類」がどれほど散らばるか
次に、ΔPBAの各値が何回出たかを数えます。その出現割合にShannonの情報エントロピーを適用したものが、今回のHです。式で書けば H=−Σp(k)log₂p(k)。Hは、差の種類だけでなく、その出現割合の偏りも表します。一種類だけなら0で、同じ種類数なら均等に現れるときに最も大きくなります。単位は情報量のbitで、熱や消費電力の単位ではありません。[2]
資料にある小さな例では、五つのLBAの間にある四つの差がすべて「+1」ならHは0。四つがそれぞれ異なる値ならHは2bitになります。Boltzmannの式は「配置の候補が増えるほど散らばる」という発想の入口ですが、SSDの評価値として実際に計算しているのは、この差分の頻度分布から求める情報量です。[2]
ここには大切な限界があります。Hは差の大きさをそのまま足す値ではありません。仮に差がいつも「+100」でも、一種類しか現れなければHは0です。低いHだけで「データが必ず隣接している」とは言えず、高いHだけで読み取りの遅さや製品寿命を決めることもできません。これは発表資料の式から分かる、指標の読み方です。[2]
TRIMで値が下がるのは、数え方にもよる
TRIMは、不要になった論理ブロックをSSDに知らせる操作です。NVMeではdeallocate(割り当て解除)として扱われます。通知した瞬間にデータの物理配置がきれいに並び直る、という意味ではありません。[2・3]
発表資料の例は、TRIMされたLBAをまたぐ二組の差を計算せず、両方を同じ「TRIM」という分類に入れます。先ほどの四組を数える枠はそのままにすると、Hは2bitから1.5bitへ下がります。ここで起きたのは数える対象と分類の変更です。この例だけを、SSDが物理的に整理された証拠として読まないほうが正確です。
一方、資料の別ページは「隣り合う有効なLBA」を測ると説明しています。TRIMをまたぐ組を飛ばすのか、「TRIM」分類として数えるのか。その方法と分母をそろえなければ、二つのHを比べることはできません。[2]
書き込みの負担を、この数値だけでは決められない
SSDは、使わなくなった領域を再利用するためにガベージコレクション(GC)を行います。その過程で、ホストが書いた量よりも多くのデータが記録媒体へ書かれることがあります。WAF(Write Amplification Factor、書き込み増幅率)は、記録媒体への総書き込み量をホストからの書き込み量で割った比です。[3・4]
Lin氏はHを、先のGC負担を見積もるファームウェア向けの手がかりにしたいと考えています。ただし、資料のシミュレーションでも、SSDの構成や余剰領域を変えるとHがほぼ同じでもWAFは変わります。資料ではGCによる再配置をHに対して中立と扱うモデルも示しますが、実際のPBA対応が変わる装置でどう見えるかは、測定時点や実装をそろえて検証する必要があります。HをWAFの換算表のようには使えません。[2・4]
ドライブ全体の数値より、乱れが集まる場所を見る
資料の後半では、ドライブ全体の差分分布から求めたHが小さくても、一部の領域にばらつきが集まる例を示しています。全域の集約値だけでは、GCを先に行いたい場所を見逃すかもしれません。そこで提案されるのが、論理アドレスの範囲を区切って計算する領域別のHです。どの範囲を切り出すか、実際のファームウェアが何を動かしたかも一緒に見ることが大切になります。[2]
発表は「GetEntropy」という値をコントローラーから取得し、実機トレースで共同検証することも呼びかけています。2026年9月時点で、この発表資料だけからOCPやNVMeが採択した共通の標準指標だとは言えません。もし将来、SSDの状態表示にこうした数値が現れたら、差分の定義、TRIMの数え方、領域の切り方、WAFとの実測関係を一緒に確かめる。その読み方まで含めて、今回の提案は興味深いと思います。[2]
Phisonの事業を知る
この発表を行ったPhison Electronics(群聯電子)は、NANDフラッシュを制御するコントローラーを設計し、SSDやモジュールも手がけています。cyclewaveでは、製品構成と在庫、利益と現金の動きから会社全体を見ています。
参考資料
2026年9月26日確認。本文は公開スライドを中心に構成しました。講演動画の発言や質疑は確認していません。資料のシミュレーションは、特定条件での発表者の結果として扱っています。
[1]Open Compute Project「2026 OCP APAC Summit」発表一覧。演題、登壇者、資料への導線。
[2]Andrew Lin「Applying Thermodynamics to Storage: Defining Entropy Metrics for Next-Gen SSDs」公式掲載スライド。全18頁。指標の定義はpp.3–7、モデルとシミュレーションはpp.9–15、提案はp.16。
[3]NVM Express「NVMe Namespaces」。ホストから見えるLBA、deallocateとTRIM、GCの説明。
[4]NVM Express「Overcoming the Write Amplification Problem with NVM Express Flexible Data Placement」。WAFの定義と物理配置・GCの関係。
[5]群聯電子「公司概況」。Phison Electronicsの正式名称を確認。

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