量子複製不可能定理、0と1を写せても重ね合わせを複製できない理由

桃色のガラスの種のそばに淡い緑の曇りガラスが立ち、その向こうに異なる二つの輪郭が映る抽象的な構図。

0か1を記録する回路があれば、量子ビットも同じように複製できるのでしょうか。計算基底の0と1だけを見ると、制御NOT、CNOTはその役目を果たします。ところが、同じ回路へ重ね合わせを入れると、二つの独立したコピーは出てきません。

量子複製不可能定理が制限するのは、任意の未知の量子状態を、毎回完全に二つへ複製する共通の操作です。[1] この条件を具体的にしながら、CNOTの計算例と、別の回路へ置き換えても解決しない理由を確かめます。

簡単にまとめると?

  • CNOTは、0または1の値を0に準備した補助ビットへ写せます。しかし|+⟩を入れると、|+⟩が二つ並んだ状態にはなりません。
  • 問題はCNOTだけの不得意ではありません。量子操作が保つ状態間の関係と、完全なコピーが要求する関係が両立しないためです。
  • 既知の状態を何度も準備すること、限定した直交状態を写すこと、近似的なコピーを作ることは、任意の未知状態の完全複製とは別の要求です。

0と1では、確かに写せる

一つ目を入力A、二つ目を補助Bとし、Bは必ず|0⟩から始めます。Aが1のときだけBを反転するCNOTをかけると、|00⟩は|00⟩へ、|10⟩は|11⟩へ移ります。Aが0か1のどちらかであると分かっていれば、二つのビットに同じ値が現れます。

次にAを|+⟩=(|0⟩+|1⟩)/√2へ変えます。量子回路の線形性により、二つの入力成分はそれぞれ上と同じ規則で変わり、出力は(|00⟩+|11⟩)/√2です。この状態では、AとBを0・1で測った結果は必ず一致します。

一方、欲しかった二つのコピーは|+⟩⊗|+⟩です。⊗は、二つの系を組み合わせた積を表します。展開すると(|00⟩+|01⟩+|10⟩+|11⟩)/2となり、測定結果には01や10も現れます。「同じ測定結果が出る」と「同じ量子状態のコピーが二つある」は、同じ意味ではないのです。

入力がプラス状態のとき、CNOTの出力の00と11の確率は各0.5、01と10は0。二つのプラス状態の積では四つの確率がすべて0.25となる。
行列から独自計算した理想確率。緑はCNOTを|+⟩|0⟩へかけた結果、桃色は比較対象の|+⟩|+⟩。桃色は、このCNOT回路で生成した結果ではありません。実機測定や有限回のサンプリングは含みません。

一つずつの測定だけでは、違いを見落とす

図の両方で、Aだけを0・1で測ると0は半分、1も半分です。Bだけでも同じです。そのため、この測定の割合だけを比べる試験では、「二つとも元と同じ割合だから複製に成功した」と見誤る可能性があります。

二つを同時に測って結果の組を見ると、CNOT側には01と10がなく、積状態側では合わせて半分を占めます。さらに、片方へアダマール操作Hをかけてから測れば、積状態側のそのビットは0が確率1で出るのに対し、CNOT側では半々です。元の|+⟩にある成分間の関係まで、そのまま各ビットへ渡ったわけではありません。

今回の行列計算では、入力を|0⟩、|1⟩、|+⟩、|−⟩の四つに替えて、CNOTの出力と、入力状態を二つ並べた積状態との重なりを調べました。重なりの絶対値の二乗は、0と1では1、+では0.5、−では0です。これはCNOTをこの入力と補助ビットで使った場合の値であり、あらゆる近似複製装置の限界値ではありません。

別の回路なら完全に複製できるのか

ここまでで分かるのは、CNOTが万能な複製器ではないことです。一般の制限を考えるには、二つの入力候補|0⟩と|+⟩を使います。この二つの内積の絶対値、状態の重なりの大きさは1/√2です。完全なコピーを二つ作ると、出力候補は|00⟩と|+⟩|+⟩になり、その重なりは(1/√2)²=1/2になります。

しかし、同じユニタリ操作は入力どうしの内積を保ちます。入力の重なり1/√2を、出力で1/2に変えることはできません。定理の中心は、コピーの要求が状態間の関係を変えてしまう点にあります。[1]

装置内部にも別の状態が残るとしてみます。入力候補の重なりをs、二つの場合の内部状態の重なりをrとすると、完全な純粋状態のコピー二つを残す要求からs=s²rが必要です。正規化された状態の重なりは0以上1以下なので、0<s<1では右辺はs²以下で、sより小さくなります。装置の内部へ記録を追加するだけでは、この食い違いは解消しません。

ここでs=0なら候補は直交しており、0と1の例のように、その候補集合に合わせた複製が可能です。s=1なら物理的に同じ純粋状態を表します。問題になるのは、区別しきれない異なる状態を含む集合に対し、一つの装置で毎回完全なコピーを要求する場合です。

できない要求と、別に評価すべき要求を分ける

状態の作り方を知っていて、同じ準備手順を二度行うことは、この定理が禁じる作業ではありません。例えば|0⟩を用意してHをかける手順を二つのビットへ行えば、|+⟩|+⟩を準備できます。与えられた未知の一個から、状態の情報を知らずにコピーを作る要求とは入力条件が違います。

また、近似した出力を許すなら、完全複製と同じ不可能性をそのまま当てはめることはできません。[1] 評価するときは、どの入力集合を対象にするのか、原本とコピーのどちらをどれだけ保つのか、成功確率はいくつか、どの測定で一致を確かめたかを明示する必要があります。成功した場合だけを選ぶ方式も、毎回成功する万能な完全複製器とは別の課題です。

複製不可能という言葉だけで、個別の装置や通信方式の安全性まで保証することはできません。まず要求を「未知か既知か」「任意か限定か」「完全か近似か」「毎回か条件付きか」に分けると、実験や回路の説明が何を達成したものなのかを読み取りやすくなります。

参考資料

  • [1] William K. Wootters and Wojciech H. Zurek, The no-cloning theorem, Physics Today 62(2), 76–77, February 2009。線形性・ユニタリ性と完全複製の条件を参照。大学講義資料の掲載PDFで本文と図を確認。本文のCNOTによる確率比較、四入力の重なり、内部状態を含む不等式は、定義に沿った独自の計算・展開です。