二つの量子状態のどちらかが送られてくるとき、測定すれば必ず正体が分かるとは限りません。候補が互いに直交していなければ、理想的な装置でも、毎回どちらかを答える条件では誤りが残ります。ただし、その誤りは測り方や、どちらが送られやすいかによって変わります。
その最小の誤りを与えるのが、二状態の最小誤り識別におけるヘルストローム限界です。ここでは候補の状態と送信確率が分かっていて、受け取った一つの量子系から一度の判定をする場合を考えます。「測定結果が0だったから状態も0」と決める前に、測定と、その結果から選ぶ答えを分けてみます。
簡単にまとめると?
- ヘルストローム限界は、既知の二状態から必ず一つを答えるときの、理想的な最大成功率を示します。
- |0⟩と|+⟩が半々で来る例では、Z測定での成功率75%に対し、最適な測定では約85.36%まで上げられます。
- 事前確率が偏ると、測定の向きも結果から選ぶ答えも変わります。測らず頻出側を答える基準と比べることが大切です。
同じ測定結果から、別の状態を推測することもある
候補を|0⟩と|+⟩=(|0⟩+|1⟩)/√2とします。Z測定、つまり|0⟩と|1⟩を区別する測定をすると、|0⟩からは必ず結果0が出ます。一方、|+⟩からは結果0と1がそれぞれ半分ずつ出ます。このため、結果1なら|+⟩だと分かりますが、結果0だけでは区別しきれません。
両方が半々で来るなら、結果0のときは|0⟩を答えるのが有利です。|0⟩を正しく答える確率が全体の1/2、|+⟩から結果1が出て正しく答える確率が1/4となり、合わせて75%の成功率になります。
ところが、|0⟩が10%、|+⟩が90%で来るなら、結果0を見ても結論は逆です。「|0⟩が来て0が出た」は全体の10%、「|+⟩が来て0が出た」は45%なので、結果0でも|+⟩を答える方が成功しやすくなります。この条件のZ測定では、どの結果でも|+⟩を答えるのが最善で、成功率は90%。測らず常に|+⟩を答える場合と同じです。
測定の向き自体を選ぶ
Z測定だけが選択肢ではありません。二つの状態を見分ける目的に合わせて、測定の基準となる向きを変えられます。密度行列で表した候補をρ₀、ρ₁、ρ₀が来る事前確率をλとすると、最大成功率は次の式になります。[1]
P成功=1/2+(1/2)‖λρ₀−(1−λ)ρ₁‖₁
‖X‖₁はトレースノルムです。ここでのX=λρ₀−(1−λ)ρ₁はエルミート行列なので、固有値の絶対値を足して求められます。二つの状態の違いを、送られやすさで重み付けしてから測る、という形になっています。
この式は上限だけでなく、それを達成する測定も教えてくれます。重み付きの差Xの正の固有値に対応する空間への射影を、ρ₀と答える測定結果に割り当てます。残りをρ₁と答える結果にすればよいのです。差が正になる方向は、事前確率も含めてρ₀を支持する方向だと読めます。固有値が0の部分はどちらに割り当てても成功率を変えません。
半々の|0⟩と|+⟩では、ρ₀と答える測定ベクトルをcos(π/8)|0⟩−sin(π/8)|1⟩に取ることができます。|0⟩をそのまま測定の基準にする場合から向きを変えることで、二つの候補を全体として見分けやすくし、成功率は約85.36%になります。非直交状態なので、ここでも100%には達しません。
事前確率が偏ると、改善幅も変わる
同じ二状態で、事前確率だけを変えた理想計算を比較します。図の「Z測定」は、測定後の答え方も各事前確率に合わせて最適に選んだ値です。単に0なら|0⟩、1なら|+⟩と固定した値ではありません。

|0⟩が90%のときは、測らず|0⟩を答えても90%当たります。Z測定を加えると、少数の|+⟩が結果1として見つかる分だけ上積みされて95%。測定自体も最適化した値は約95.28%なので、Z測定からの改善は約0.28ポイントです。半々のときの約10.36ポイントの改善とは、意味合いが違います。
図の最適値は10%と90%で同じですが、Z測定の値は異なります。Z測定は|0⟩を確実に捉える基準であり、|+⟩に対して対称ではないためです。既存の測定装置を固定した比較と、測定を自由に選べる理論限界は区別して読む必要があります。
成功率を比べるときに揃える条件
最初に確かめたいのは、二つの候補と事前確率が既知かどうかです。未知の状態そのものを推定する問題や、送信確率が時間とともに変わる問題に、同じ数値をそのまま当てはめることはできません。事前確率を変えるなら、重み付きの差から測定と判定規則を選び直します。
次に、答えを必ず二択で出すのかを揃えます。「分からない」という結果を許し、答えた場合だけ誤りをなくそうとする無誤り識別は別の問題です。また、同じ状態のコピーを複数受け取って共同測定できる場合は、識別対象が複数系の状態へ変わるため、今回の一つの量子系の数値とは条件が違います。
最後に、理論限界と実装の差を見ます。今回の計算は、選んだ測定を理想的に実行できると仮定しています。装置の雑音、校正誤差、測定できる向きの制約は含めていません。測らず頻出側を答える値、利用可能な固定測定の値、最適測定の値を並べると、測定を改善する余地がどこにあるかを整理できます。
二状態が同じなら、測っても新しい識別情報は得られず、成功率は頻出側を答える値になります。逆に二状態が直交していれば、理想的には完全に区別できます。その間にある非直交状態について、状態の違いと送られやすさを一緒に扱うのがヘルストローム限界です。
出典
- John Watrous, The Theory of Quantum Information, Chapter 3: Similarity and distance among states and channels(2018)、Theorem 3.4、式3.11・3.16–3.20、印刷ページ128–129。著者の書籍案内。
