量子ビットを何度も測ると、0と1がほぼ半分ずつ出た。この結果だけから、どの量子状態を準備できたかまで分かるでしょうか。実は、同じ0と1の確率を示す別々の状態があります。状態トモグラフィーは、測定する基準を変えて集めた結果から、状態を表す密度行列を推定する方法です。
ここでは1量子ビットに絞り、Z、X、Yという三つの測定基準で何が見えるかを整理します。理想的な確率の計算と、回数を限った測定結果からの推定は分けて扱います。
簡単にまとめると?
- Z方向で0と1が半分ずつ出ても、状態が一つに決まるわけではありません。XやYの基準では区別できる状態があります。
- 同じ状態を繰り返し準備し、基準ごとに別の試行で測ります。一個の量子ビットから三方向の情報を一度に読み出す方法ではありません。
- 有限回の結果をそのまま行列へ戻すと、物理的な状態として成立しない場合があります。生の推定と、成立条件に合わせた補正を区別します。
Z方向で同じでも、同じ状態とは限らない
通常の0と1を区別する測定を、ここではZ方向の測定と呼びます。比較するのは、|+⟩=(|0⟩+|1⟩)/√2、|+i⟩=(|0⟩+i|1⟩)/√2、そして完全混合状態I/2です。iは二乗すると−1になる虚数単位、Iは単位行列です。最初の二つは重ね合わせの相対位相が異なる純粋状態で、最後は密度行列で表す混合状態です。[1]
この三つは、Z方向で0となる確率がいずれも1/2です。Zの集計だけを何度詳しく見ても、理想確率が同じであるという不足は解消しません。「半分ずつだったから完全混合状態だ」という結論には、まだ根拠が足りないのです。
そこで測定の基準を変えます。X方向は|+⟩と、それに直交する|−⟩を区別する基準です。Y方向は|+i⟩と|−i⟩を区別します。それぞれの基準で正側の結果を「+」、負側を「−」と呼びます。Zの+は|0⟩、−は|1⟩です。これは測定値の符号であり、検出器が負の回数を数える意味ではありません。[2]

別々に準備した試行から、三つの平均を集める
図では、|+⟩のX方向の+確率は1ですが、|+i⟩とI/2では1/2です。Y方向を見ると、今度は|+i⟩だけが1になります。I/2は三方向とも1/2です。この違いは、状態を表す行列と、各測定結果に対応する行列から確率を計算して確かめられます。本稿の表も、その計算を手元で行ったものです。
実際に状態を調べる際は、同じ準備手順を繰り返します。ある試行群はZで、別の試行群はXで、さらに別の試行群はYで測ります。最初にZで測った同じ一個を、そのままXとYで測って元の状態の三つの値を取り出す説明ではありません。測定の影響を受けるため、元の準備手順についての統計を、繰り返し用意した試行から集めます。[3]
各基準で、+の回数をn+、−の回数をn−とすると、平均の推定値は(n+−n−)/(n++n−)です。たとえばXで100回測って80回が+、20回が−なら、推定値は0.6です。確率0.8と、符号付き平均0.6は別の数です。報告の表を読むときは、確率なのか平均なのかを確かめます。
三つの平均から、1量子ビットの行列へ
三方向の平均をrx、ry、rzとすると、1量子ビットの密度行列はρ=(I+rxσx+ryσy+rzσz)/2と表せます。σは各方向のパウリ行列です。三つの数を座標として並べたものをブロッホベクトルと呼び、物理的に成立する状態は長さ1以下の範囲に入ります。[1]
表の|+⟩は(1,0,0)、|+i⟩は(0,1,0)、I/2は(0,0,0)に対応します。三つともZの座標は0ですが、XとYの座標が違います。Z測定だけでは不足する理由は、単に測定回数が少ないからではなく、状態の他の成分を観測する基準が足りないからです。
この三方向による説明は1量子ビットに限っています。複数量子ビットでは、それぞれの局所的な平均だけで全体の相関まで再構成できるとは限りません。また、状態の準備と測定基準が試行中に変わる場合、集計した結果を一つの固定した状態の推定として扱えるかも別に点検します。
推定した数値が、球の外へ出る場合
理想的な確率から計算するときと違い、有限回の測定には統計的なばらつきがあります。説明用に、Xで+90回・−10回、Yでも+90回・−10回、Zで+50回・−50回という人工的な集計を考えます。これは実機の測定記録ではありません。
式へそのまま入れると、ブロッホベクトルは(0.8,0.8,0)になり、長さは約1.131です。対応する行列の固有値を計算すると、約1.066と−0.066になります。固有値は行列を別の基準で見たときの重みに対応し、負の値を含むこの行列は、物理的な密度行列の条件を満たしません。入力した各集計が正の回数であるだけでは、三方向をまとめた行列の成立までは保証しないのです。
このような問題に対し、推定の段階で成立条件を課したり、推定後の行列を調整したりする方法があります。Qiskit Experiments 0.14.2の公式例では、既定の線形反転で得た行列について、必要に応じて固有値を調整します。生の固有値を示すraw_eigvals、調整後のeigvals、調整を行ったかのrescaled_psdを区別して記録できます。[3]
補正後に負の固有値がなくなったことは、有限回測定の不確かさが消えたことではありません。本稿の人工例でも、「負の値が出たので装置が故障した」と直結させるのではなく、測定回数、準備と測定の安定性、推定方法、補正前後の差を分けて確認します。逆に、成立する行列が返ったことだけを、準備したかった状態に十分近い証拠として使わないようにします。
結果を比べるときに、残しておきたい情報
トモグラフィーの報告では、推定した行列や図に加え、どの基準で何回測ったか、集計前の準備条件、採用した推定方法を確認します。基準ごとの回数が異なるなら、同じ精度の三つの値として扱ってよいかも検討が必要です。読み出しの誤差や準備のずれが含まれる可能性も、状態そのものの性質と分けます。
本稿では理想確率と人工的な集計からの行列計算を実行しました。量子実機への送信、装置性能の測定、Qiskit Experimentsによる補正処理の実行はしていません。Zだけで見える情報、他の基準を加えて得る情報、限られた回数から推定する際の条件を分けることで、図がきれいに再構成されたという印象から一歩進んで結果を読めます。
出典
- IBM Quantum Learning、Bloch sphere、パウリ行列による表現、六つの状態、混合状態の節。原資料の球面図も検討し、本稿では独自計算の比較表を用いた。
- Qiskit Experiments 0.14.2、PauliMeasurementBasis、単一量子ビットの測定基準とPOVM行列。
- 同、Quantum State Tomography、状態の再準備と測定、線形反転、固有値の再スケーリング。人工的な回数例と数値計算は本稿独自。
