片方の情報が分かると、もう片方についての不確かさが減る。古典的な情報では自然な説明ですが、量子条件付きエントロピーには負の値が現れます。これを「負の確率」や「知り過ぎた状態」と読む前に、条件として持っているものが、測定結果の記録なのか、量子系そのものなのかを分けてみます。
簡単にまとめると?
- 量子条件付きエントロピーはS(A|B)=S(AB)−S(B)です。全体と一部分のエントロピーの差なので、量子状態では負になり得ます。
- ベル状態では全体が純粋でS(AB)=0、片方は最大混合でS(B)=1となり、差は−1 bitです。確率や通常の状態エントロピーが負になったわけではありません。
- Bを量子系として保つ場合と、Bを測って古典的な記録へ変える場合は別の条件です。同じ0・1の相関が見えても、残っている情報は異なります。
全体の不確かさから、一部分を差し引く
有限次元の量子状態ρのフォン・ノイマンエントロピーは、固有値λを使ってS(ρ)=−Σλ log₂λと書けます。0 log₂0は0として扱い、ここでは単位をbitにそろえます。純粋状態なら0、二次元の最大混合状態I/2なら1です。Iは二次元の単位行列です。
AとBを合わせた状態をρABとすると、Bだけの状態ρBはAを部分トレースして求めます。その二つのエントロピーから、S(A|B)=S(ρAB)−S(ρB)を定義します。[1、式10.73] 本稿のSは、原資料がHと表記している量子エントロピーと同じ量です。
古典的な離散変数X、Yでも、条件付きエントロピーをH(X|Y)=H(XY)−H(Y)と書けます。こちらは、Yの値ごとにXの確率分布のエントロピーを求め、その値を確率で平均したものなので0以上です。YからXが完全に分かるなら0になります。[1、式10.72]
量子の場合には、Bを保有することを、あらかじめ決まった一つの古典的な値を知ることへ置き換えられません。式の引き算は似ていても、全体と部分の関係が古典的な確率表とは違います。
片方が同じでも、差は1、0、−1に変わる
二つの量子ビットA、Bで、Bだけの状態がどれもI/2になる三例を比べます。計算の基底は00、01、10、11の順とし、左をA、右をBと決めます。
最初は、AもBも独立に最大混合状態にしたI/2⊗I/2です。全体の固有値は四つとも1/4なのでS(AB)=2。BだけではS(B)=1ですから、S(A|B)=1です。Bを持っていても、この積状態のAについて追加の相関情報は得られません。
二つ目は、00と11を半分ずつ選んで準備した古典的な相関のある混合状態です。密度行列の対角成分は(1/2,0,0,1/2)で、非対角成分は0です。全体の固有値は1/2、1/2、0、0なのでS(AB)=1、BのS(B)=1を引くと0です。どちらもZ方向で測れば、Bの結果からAの結果が分かります。
三つ目はベル状態|Φ+⟩=(|00⟩+|11⟩)/√2です。全体は一つの状態ベクトルで表せる純粋状態なのでS(AB)=0。それでもBだけを見るとI/2でS(B)=1です。したがってS(A|B)=−1になります。[1] この計算で使った固有値や確率はすべて0以上であり、負になったのは二つのエントロピーの差だけです。

三例ではBの密度行列がまったく同じです。Bだけを何度測っても、その局所状態の違いから三者を区別することはできません。条件付きエントロピーを計算するには、Bだけでなく全体ρABの情報が必要です。単に「片方がランダムだからもつれている」と判断できない理由も、ここに表れます。
量子の相手を、測定結果の記録へ変えたら
ベル状態と古典的な相関状態は、Z方向でA、Bを測った結果だけなら、どちらも00と11が半々です。しかし、ベル状態の密度行列には00と11を結ぶ非対角成分があり、古典的な混合ではそれがありません。この違いを残したままBを持つことと、Bを測定して結果だけを記録することは同じではありません。
ベル状態のBをZ方向で測り、その結果を古典的な記録Yとして保つ例を考えます。AとYの状態は、Aが0で記録が0の組と、Aが1で記録が1の組を半分ずつ混ぜたものになります。先ほどの二つ目と同じ行列の形です。S(AY)=1、S(Y)=1なので、S(A|Y)=0です。
Y=0だった回だけを見ればAは|0⟩、Y=1だった回だけなら|1⟩で、どちらも純粋状態です。各条件でのエントロピーを平均しても0になります。元のS(A|B)=−1と矛盾するのではなく、条件として利用する系をBから測定記録Yへ変えた結果です。
独自計算では、BをZ方向で測って結果を保存する操作を二つの行列で表し、その出力を足し合わせました。出力が古典的相関の行列に一致すること、AとBそれぞれの局所状態は測定前後でI/2のままなのに、全体のエントロピーは0から1へ変わることを確認しています。
同じ「条件付き」でも、残したものを確かめる
結果を読むときは、Bが量子メモリーとして残っているのか、すでに測って結果の一覧へ変わったのかを確認します。測定する基底や、結果を保存したか捨てたかも条件の一部です。測定記録だけを使った推定値と、測定前の量子系を条件にした量を、そのまま同一視しないようにします。
ここでの負の値は、通常のフォン・ノイマンエントロピーが負であることを意味しません。また、一回の測定から負のbit数を読み取る、という意味でもありません。量子条件付きエントロピーを通信資源の量と結びつけるには、共有状態、許される操作、多数のコピーなどを指定した通信課題の定式化が必要です。本稿では、その性能保証に踏み込まず、状態と測定記録を区別する計算例に範囲を絞っています。
数値計算では、丸め誤差で本来0の固有値が小さな負数として出ることもあります。その誤差と、エントロピーの差として得た−1を混同してはいけません。今回の計算では状態の正半定値性とトレース1を確認し、絶対値10の−12乗以下の固有値を0としてエントロピーを評価しました。既知の理想行列による照合であり、実験データの誤差評価や一般のもつれ判定器ではありません。
出典
- John Preskill, Quantum Information, Chapter 10: Quantum Shannon Theory(2025年6月改訂の講義草稿)。§10.2、本文14–17頁、特に本文16頁の式10.72–10.73。既存資料庫の同版を再利用し、2026年10月23日に公式掲載版の該当箇所を再確認。三状態の数値比較、測定記録への変換例、図表は独自作成。
