回転波近似、速い揺れを省いても量子状態の変化が残る理由

大きく巡る淡紫色のリボンと細かな珊瑚色の回転線で、遅い状態変化と速い揺れを表す抽象アート

量子ビットへマイクロ波を当てると、電磁場そのものは非常に速く振動します。一方、量子ビットが二つの状態の間を移る変化は、それよりずっとゆっくり進むことがあります。この二つの速さを分けて扱うのが、回転波近似(rotating wave approximation、RWA)です。

ただ速い振動を消すだけなら、量子ビットを動かす作用まで失いそうに見えます。実際には、量子状態自身の位相の回転も考えることで、効果が積み重なる成分と、速く向きを変える成分を区別しています。

簡単にまとめると?

  • 量子ビットの遷移周波数に近い電磁場を加えると、相互作用には周波数の「差」で変わる成分と「和」で変わる成分が現れます。
  • 回転波近似は、速く変わる成分を省き、ゆっくり積み重なる状態変化を残す近似です。
  • 共鳴に近いことに加え、駆動が弱いことや振幅の変化が緩やかなことを確かめます。速い成分があるだけで、省略してよいとは限りません。

電磁場の速さと、状態を動かす速さは別

ここでは、基底状態と励起状態の二つで表せる理想的な量子系を考えます。エネルギーの差をℏω₀とし、角周波数ωの場を加えます。ωがω₀に近いと、場と量子系が共鳴に近い関係になり、状態間の遷移を起こしやすくなります。ℏは換算プランク定数で、角周波数をエネルギーへ結び付ける係数です。

共鳴中に状態を動かす速さは、場の振幅にも依存します。その速さを表すのがラビ角周波数Ωです。ωは場の振動の速さ、Ωは駆動による状態変化の速さを表します。名前がどちらも周波数でも、同じ量ではありません。

掛け合わせると「差」と「和」の振動になる

一定の向きに振動する場のcos(ωt)は、数学的には反対向きに回る二つの成分の和に分けられます。一方、場を加えない量子系にも、エネルギー差ω₀に対応する位相の変化があります。この両方を含めて相互作用を見ると、ω−ω₀とω+ω₀に対応する振動が現れます。

共鳴に近いとき、差ω−ω₀は小さく、和ω+ω₀は大きいままです。差で変わる成分は、量子系に対する向きがゆっくり変わり、その作用が積み重なります。和で変わる成分は、状態が大きく動く前に何度も向きを変えるため、寄与が打ち消し合いやすくなります。

この速い成分を省くのが回転波近似です。場と一緒に回る座標系へ移す説明では、共鳴に対応する成分は止まって見え、反対向きの成分はおよそ2ωで回って見えます。量子ビットを動かす場全体を単純に時間平均してゼロにする操作ではありません。

5 GHzの場で、100 nsかけて状態を移す模型

速さの違いを、共鳴した理想的な二準位系の仮定例で比べます。遷移周波数と駆動周波数をともに5 GHzとし、散逸・ほかの準位・パルス端の影響は含めません。Hzで示す値は角周波数を2πで割ったものです。

一定振幅の回転波近似では、初めに基底状態だった系の励起確率はPₑ(t) = sin²(Ωt/2)となります。最初に励起確率が1になる時間はπ/Ωです。駆動の強さだけを変えた二つの模型を、この式で比べます。

比較する量 弱い駆動の例 100倍強い駆動の例
Ω/(2π) 5 MHz 500 MHz
Ω/ω 0.001 0.1
近似式から求めたπ/Ω 100 ns 1 ns
その間の速い成分(10 GHz)の周期数 1,000周期 10周期
共鳴周波数5 GHzを仮定した時間尺度の比較。右列も同じ近似式を代入した値であり、近似の精度や実機の操作成功を示すものではありません。計算:Quantum Sea。

左列では、状態を移す100 nsの間に、省いた成分が1,000周期も振動します。右列は操作が速い分、速い振動と状態変化の時間差が縮まっています。場の周波数が同じでも、駆動を強くすると、同じ近似を使えるか改めて調べる必要があります。

振幅とパルスの形も確かめる

弱い駆動では、一般にΩがωより十分小さいことが近似の目安になります。ただし「比がこの値以下なら必ず合格」という一つの境界にはできません。許容する誤差や観測時間が変われば、小さな補正の重要さも変わるからです。

振幅が時間とともに変わるパルスでは、その変わり方も関わります。場が一周期を回る間に包絡線まで急変すると、一定振幅での打ち消しをそのまま当てはめられません。Zeuchらの研究は、強い駆動だけでなく包絡線の時間変化も含め、通常の回転波近似への補正を扱っています。

計算を比較するときは、共鳴からのずれ、Ωとωの比、パルス形状、追いたい時間と精度をそろえます。必要なら速い成分を残した模型とも比較し、励起確率や位相の差を調べます。時間刻みを細かくして数値誤差を減らすことと、模型から省いた作用を取り戻すことは別です。

回転波近似は、遅い変化を見通しよくするための道具です。何が速いかを場だけで判断せず、量子系が動く速さと並べて見ると、残す成分と省く成分の意味がつかみやすくなります。

出典