X線を物質に当てたときの応答を、そこから出てくる低い周波数の電磁波で読み取る。その入口となる実験が、X線自由電子レーザー施設SACLAで行われました。
高輝度光科学研究センター(JASRI)と理化学研究所の研究チームは、半導体のテルル化亜鉛(ZnTe)に短いX線パルスを当て、テラヘルツ波の放射を検出しました。周波数の異なる光の成分から、その差に当たる周波数の光が生まれる「差周波発生」を、X線領域で捉えたと報告しています。機関発表は2026年10月28日、Nature Communicationsの早期公開版は10月20日に公開されています。[1][2]
簡単にまとめると?
- 一つのX線パルスにも複数の周波数成分があります。その組み合わせが物質の電荷分布を変化させ、低い周波数のテラヘルツ波を生むという仕組みです。
- 放射の強さ、結晶を回したときの変化、偏光を調べることで、単に光が出たという観測から、差周波発生の仕組みへ踏み込んでいます。
- 今回の検出範囲は約0.02~0.35 THzです。超高速な波形そのものの直接測定や、広い周波数範囲での絶対的な変換効率の決定は、今後の課題です。
一つのパルスの中から、差の周波数が生まれる
物質に光が入ると、正負の電荷の分布がわずかに偏ります。この偏りが分極です。弱い光では、電場を強くすると分極もほぼ比例して増えます。一方、強い光では、電場の積に比例する応答も現れ、入れた光とは異なる周波数の光を生むことがあります。これが非線形光学効果です。
例えば、周波数がわずかに違う二つの成分があれば、その差の周波数で分極が変化し、新しい電磁波が放射されます。差周波発生は可視光や近赤外光では利用されてきましたが、X線では応答が弱く、発生する波が物質の中で打ち消し合わずに重なる条件を満たすことも難しい課題でした。
SACLAの短いX線パルスは、単一の周波数だけでできているわけではありません。今回使った約10フェムト秒のパルスには、約1,000 THzに及ぶ周波数の幅があります。研究チームは、この幅の中にある異なる成分同士の混合によって生じる、低い周波数側の放射に着目しました。独立した二本のX線レーザーを混ぜた実験ではありません。

薄い結晶に、波が生まれる条件をそろえる
試料は厚さ100マイクロメートルのZnTe単結晶です。室温で、光子エネルギー10 keV、パルス幅約10フェムト秒の硬X線を照射しました。比較には、同じ検出系を使い、1.55 eVの近赤外光を当てています。
波を効率よく取り出すには、物質の異なる位置で生まれた波が、互いを弱めずに重なることが大切です。この条件を調べるため、研究ではZnTeの屈折率と光の吸収を、実測や既知のデータから評価しました。10 keVのX線がZnTeへ入り込む深さは約8マイクロメートルと見積もられ、結晶全体の厚さよりも浅い領域が主に放射へ寄与します。
つまり、試料が100マイクロメートルあるからといって、その全厚が同じように働くわけではありません。材料を比べるときには、光を吸収する深さ、発生した波が外へ出られるか、波の位相がそろうかを一緒に見る必要があります。
結晶を回し、放射の原因を見分ける
テラヘルツ波を検出しただけでは、どの過程で生まれたのかは決まりません。研究チームは、結晶を回したときの放射強度、入射X線のフルエンス、放射の偏光を測りました。フルエンスは、単位面積に入る一つのパルスのエネルギーです。偏光は、電場が振動する向きを表します。
放射強度は、調べた範囲でX線フルエンスの2乗に比例して増え、放射の偏光は入射X線と平行でした。結晶を回すと、近赤外光による差周波発生と似た角度依存性が現れる一方、角度によらず残る成分もありました。この二つの成分を分けて調べたことが、X線領域の応答を考える手掛かりになっています。
ZnTeは、空間を反転したときに元と重ならない結晶構造を持ちます。研究では、この対称性の破れに関係する成分に加えて、反転対称性の破れを必要としないX線の差周波過程が、角度によらない成分を説明するとしています。ただし、これは対称性に基づく解釈であり、実際のX線パルスの複雑な時間・周波数構造まで含む完全な定量模型を得たわけではありません。
また、X線によって物質内部に生じる電場など、別の仕組みも検討されています。著者らは、それらが今回の配置で主な原因になる可能性は低いと論じていますが、一部の過渡的な内部電場を完全に排除したとはしていません。複数の測定を組み合わせた根拠と、模型に残る限界を併せて読む必要があります。
「効率が約1%」の比較で、何をそろえているか
論文では、この100マイクロメートル厚の結晶について、X線励起による外部の変換効率を、近赤外励起の場合の約1%と見積もっています。これは二つの励起条件の比です。入射X線のエネルギーの1%がテラヘルツ波になった、という絶対効率ではありません。
近赤外光では結晶の全厚が放射に寄与する一方、X線では吸収により約8マイクロメートルの領域が主に働きます。この違いを考慮すると、物質内部の非線形応答の大きさは両者で同程度と評価されています。ただし、比較は同じ検出器が捉えられる低周波成分に基づきます。装置全体の電力効率や、実用的なテラヘルツ光源としての優劣を示す値ではありません。
超高速な変化を読むには、検出も速くする
今回の検出器が感度を持つのは、約0.02~0.35 THzの範囲です。信号の応答はナノ秒程度で、テラヘルツ波の電場が一回ずつ振動する様子を直接、時間分解しているわけではありません。10フェムト秒のX線を使ったことと、10フェムト秒刻みの動画を得たことは区別されます。
著者らは今後、短い光で時間を刻んで読み出す電気光学検出を導入し、放射の波形やパルス幅、より広い周波数範囲を測る必要があるとしています。絶対的な放射エネルギーや変換効率を精密に決めるうえでも、この測定が重要になります。
X線のエネルギーを選べば、特定の元素や電子状態への励起と、物質全体の分極の変化を結び付けて調べられる可能性があります。今回の成果は、そのための新しい観測経路をZnTeで示したものです。磁性体やほかの量子材料へ広げるには、それぞれの材料の吸収、非線形応答、波の伝わり方を確かめる必要があります。
参考資料
- N. Kidaほか「Terahertz emission by X-ray difference-frequency generation」、Nature Communications、2026年10月20日早期公開版。本文・Methods・図1・補足資料を参照。
- 高輝度光科学研究センター・理化学研究所「世界で初めてX線レーザー照射による固体からのテラヘルツ波放射を観測」、2026年10月28日。同じ研究の機関発表です。
