小さな分子が入れる孔を持つ材料から、電子スピンの状態を光で読み取る。その二つを一つの結晶で両立できれば、外から近づく分子と、量子状態の変化を測る仕組みとを結び付けられます。
東京大学、日本電子、グラスゴー大学などの共同研究チームは、金属–有機構造体(MOF)の中に並ぶポルフィリン分子を使い、近赤外の発光を通じて三重項スピンの共鳴を検出しました。2026年10月9日に発表・論文公開された研究です。今回確かめたのは、光でスピンを読み出す材料の基礎であり、においや生体物質を測るセンサーそのものではありません。
簡単にまとめると?
- 多孔性材料のMOFに、光を吸収すると三重項状態になるポルフィリン分子を規則的に配置しました。
- 77 K(約−196℃)で、マイクロ波によるスピンの変化を800 nmより長い波長の発光から読み取りました。これが光検出磁気共鳴、ODMRです。
- 分子を受け入れる孔と光による読み出しを組み合わせる可能性が開けましたが、室温でのODMRや物質の識別能力は今後の検証課題です。
孔のある結晶に、光で調べられる分子を並べる
MOFは、金属イオンと有機分子をつないで作る、細かな空間を持つ結晶です。今回のAl-PMOFでは、アルミニウムを含む接続部分と、ポルフィリンという大きな環状の有機分子が骨組みを作ります。気体や溶液中の分子が入る場所を設けながら、光に応答する分子を結晶の構成要素にできるのが、この設計の狙いです。
ただし、光に応答する分子をたくさん詰め込めばよいわけではありません。分子同士が強く影響し合うと、励起エネルギーが移ったり、励起状態同士が出会って失われたりします。読み取りたい状態が消えてしまえば、外から加えた操作との対応を追いにくくなります。
研究チームは電子線を使う微小結晶構造解析、MicroEDで構造を調べ、ポルフィリン同士が面を重ねて密着する配置を避けていることを確認しました。骨組みは単なる容器ではなく、スピンを調べる分子の間隔と並び方を決める役割も担います。
マイクロ波への応答を、発光の小さな変化に置き換える
電子スピンは、磁場に応答する電子の量子的な性質です。ポルフィリンが光を吸収したあとには、二つの電子のスピンに由来する「三重項」と呼ばれる励起状態が生じます。この状態には三つのスピン準位があり、適切な周波数のマイクロ波を加えると、その間で状態を移すことができます。
その変化を磁気信号として直接測る代わりに、発光の強さから読み取る方法がODMR(光検出磁気共鳴)です。スピンの状態が変わると、光を出して戻る過程にも影響が出ます。マイクロ波の周波数を変えながら発光を測ることで、どこで共鳴が起きたかを探します。
今回の実験では、光を当てた直後の短い蛍光だけでなく、あとから続く近赤外のりん光に着目しました。77 Kで測ると、外部磁場をかけない条件で約300、770、1,070 MHzに共鳴が現れ、800 nmより長い波長を集める方が、短い波長側より強いODMR信号を得られました。これらの周波数はスピン準位間の共鳴を示す値で、計算や測定を毎秒何回できるかを表すものではありません。
発光が大きく点滅する実験ではなく、光の強さに含まれるごく小さな差を検出しています。また、外部磁場を変えると共鳴の位置も変わりました。光で見ている信号とスピンの磁気的な応答が結び付いていることが、材料としての要点です。
発光、スピンの持続、光による読み出しは分けて見る
この研究をセンサー材料として評価するときは、何をどの温度で確かめたかが大切です。室温で光が出たことと、室温でスピンを光から読み出せたことは、同じ結果ではありません。
| 調べた性質 | 今回の条件と分かること |
|---|---|
| 光を当てたあとの発光 | 室温と77 Kで測定。短い蛍光と、長く続く近赤外の発光を調べた。 |
| スピンの位相がそろう時間、T₂ | 50 Kの電子常磁性共鳴測定。励起を弱めた条件では約4.8マイクロ秒。光の強さによって値が変わる。 |
| 発光によるスピン共鳴の読み出し | 77 KのODMRで確認。室温動作を実証した結果ではない。 |
| 孔に入った物質の検出・識別 | 応用の構想。今回の測定だけでは、検出できる物質や濃度、識別精度は決まらない。 |
T₂は、スピンの位相関係を保てる時間の目安です。50 Kでの測定では、励起レーザーのパルスエネルギーを3.2 mJから0.32 mJへ下げると、T₂が約0.78マイクロ秒から約4.77マイクロ秒へ延びました。分子を強く励起しすぎると、励起状態同士の相互作用が無視できなくなるという見方と整合します。最も長い値だけでなく、その値を得るための励起条件も合わせて読む必要があります。
分子を受け入れる場所と、読み出す場所を近づける
この材料が興味深いのは、測りたい分子が入る孔の近くに、光で調べられるスピンを置けることです。将来、孔に入った分子がスピンや発光にどう影響するかを整理できれば、その変化を物質検出の手掛かりにできるかもしれません。骨組みや有機分子を変えて設計を比べられることも、MOFを使う利点です。
一方、実際の分析装置へ進むには、対象物質を入れたときの応答、ほかの物質との見分け方、温度や光の強さによる変動を調べる必要があります。近赤外の光を使ったというだけで、体内で使えるセンサーになったわけでもありません。
今回の成果は、多孔性の結晶にスピンを配置する材料設計と、そのスピンを光で読む実験がつながった点にあります。次に見るべきなのは、孔の中の環境を変えたときに、読み取れる信号がどこまで具体的な情報になるかです。
共同研究に参加した日本電子の事業は、Cyclewaveの日本電子の企業解説で紹介しています。電子顕微鏡などの分析装置から半導体の製造装置まで、研究を支える会社の全体像を知るための案内です。
出典
- 東京大学大学院理学系研究科「多孔性金属錯体 (MOF) 中の電子スピンの光検出を初めて実証」(2026年10月9日発表)。
- Inoue et al., Optically Addressable Spins in a Metal–Organic Framework, Journal of the American Chemical Society 148, 44541–44548(2026年10月9日公開)。グラスゴー大学の公開版・書誌情報。
