QSTと日本酸素、超偏極MRIでマウス肝臓の酵素反応を画像化

淡い光の輪の中に、閉じた輪と開いたひも状の形を並べ、反応前後の分子を読み分ける様子を表した抽象画

肝臓の形や大きさに加え、その中で酵素がどの程度働いているかを画像で追う。量子科学技術研究開発機構(QST)と日本酸素などは2026年10月30日、酵素パラオキソナーゼ(PON)の反応をマウスの体内で捉える超偏極MRI分子プローブを発表しました。反応する前と後の分子を見分け、その信号の比から酵素の働きを読み取る研究です。

簡単にまとめると?

  • PONによって形が変わる分子に炭素13の目印を付け、反応前と反応後のMRI信号を分けて測りました。
  • 信号を一時的に強める「超偏極」を利用し、マウスの肝臓内で反応生成物と元の分子の信号比を画像化しました。
  • 脂肪肝・脂肪肝炎のモデルマウスで比の低下を捉えた段階です。プローブは静脈から投与しており、人での診断性能を示した結果ではありません。

酵素の量ではなく、反応の進み方を追う

PONは、脂質代謝や酸化ストレスへの防御に関わる酵素群です。なかでもPON1は主に肝臓で作られます。酵素が存在する量と、実際に化学反応を進める活性は同じではありません。周囲の環境にも影響されるため、採取した血液での測定だけでは、臓器の中の働きをそのまま捉えにくいという課題があります。

研究グループが選んだのは、メバロノラクトン(MVL)という分子です。PONの作用で環状部分が加水分解され、メバロン酸(MVA)へ変わります。この反応前後を別々に読み取れれば、分子がどこへ届いたかに加えて、そこでどれだけ反応したかを調べられます。

そこで、MVLの特定の炭素を安定同位体の炭素13(¹³C)に置き換えた[1-¹³C]MVLを分子プローブにしました。プローブは、調べたい反応を信号として取り出すための分子です。反応後の[1-¹³C]MVAでは目印の周囲の化学的な環境が変わるため、MR信号の周波数の違いを利用して両者を識別できます。炭素13の目印は、放射性物質からの放射線を検出する仕組みではありません。

弱い信号を、短い時間だけ強くする

炭素13の信号を体内で短時間に捉えるため、今回は超偏極を利用しています。核スピンの向きの偏りを通常より大きくし、MRで検出する信号を強める技術です。動的核偏極という方法では、安定ラジカルと混ぜた試料を極低温・高磁場に置き、マイクロ波を使って核スピンの偏りを作ります。高感度化する準備は、マウスへ投与する前に行います。

QSTの発表では、[1-¹³C]MVLは溶出後25秒の時点で30%の偏極率を示し、通常の状態に対して約23万倍の信号増強に相当すると説明されています。これは信号の強さについての値で、画像の細かさや病気を見分ける精度が23万倍になったという意味ではありません。

超偏極の効果は永続せず、時間とともに弱まります。その減衰の時間尺度を表すのが縦緩和時間T₁です。今回の設計では、MVLだけでなく、反応してできるMVAも数十秒程度の長いT₁を持つ組み合わせに着目しています。元の分子だけ明るく見えても、生成物の信号がすぐ消えてしまえば、酵素反応は読み取りにくくなるからです。

二つの信号を比べ、肝臓の中の違いを見る

実験では、高感度化したプローブを、麻酔をかけてMRI装置内に置いたマウスの尾静脈から速やかに投与しました。約20秒の画像スキャンで、MVLとMVAの信号を胴体から検出しています。この20秒は画像スキャンの時間であり、プローブの準備や投与を含む検査全体の時間ではありません。

読み取る信号 実験での役割
MVL 投与した反応前の分子の分布を捉える。
MVA PONによる加水分解で生まれた分子を捉える。
MVA/MVL比 反応前後の信号を比べ、PON活性の指標として画像化する。

肝血管や他の臓器と比べ、肝臓の主要な組織である肝実質ではMVA/MVL比が高くなりました。元の分子が届く様子と、反応によって生成物が生まれる様子を分けて捉えた結果です。ただし、この比は今回の測定条件で使った活性の指標であり、画像の値をそのまま酵素の絶対量として読むことはできません。

さらに、特殊な飼料によって脂肪肝・脂肪肝炎を誘発したモデルマウスを、通常の餌で育てた対照群と比較しました。病態を誘発した群では週数が進むにつれて、肝実質の信号比が低下しました。研究グループはこれを、生体内でPONの働きが低下する様子を捉えた結果としています。

体外から測ることと、投与が不要なことは別

今回の技術は、体の外からMR信号を測って酵素反応を画像化します。一方、測定のための分子プローブは静脈から投与しています。「非侵襲的な可視化」という説明を、注射も準備も不要な検査と受け取らないことが大切です。

現在示されているのはマウスでの実証で、人の脂肪肝をどれだけ早く、正確に診断できるかは確認されていません。臨床応用に向けては、プローブの安全性、投与から撮像までの手順、疾患を区別する性能などの評価が必要です。

研究の広がりは、肝臓の画像が一つ増えたことだけにはありません。酵素の反応前後で信号を見分けられ、両方の信号が十分な時間残る分子の組を選ぶ。この設計が別の酵素にも広がれば、形を写す画像に、体内で進んでいる化学反応を読む手掛かりを加えられます。

出典

  1. QST・日本酸素「『沈黙の臓器』肝臓の酵素活性低下の可視化に成功」(2026年10月30日) — QST公式発表
  2. Daichi Kanekoほか「A Hyperpolarized ¹³C MRI Molecular Probe for In Vivo Imaging of Paraoxonase Activity」Sensors & Diagnostics — DOI: 10.1039/D6SD00164E。QSTの発表によると2026年10月13日早期オンライン公開、11月12日正式掲載予定。