量子情報を誤りから守るには、一つの論理量子ビットを複数の物理量子ビットに分散して記録します。ただし、守るために結び付けた情報を計算に使うとき、操作によって誤りが広がっては困ります。そこで有用なのが、それぞれの物理量子ビットへの操作を組み合わせ、符号化された情報に必要な操作を行う「横断的ゲート」です。
簡単にまとめると?
- 多数の論理量子ビットを一緒に符号化しても、選んだ一つにだけ位相ゲートをかけられる量子符号の構成が示されました。
- 効率よく符号を構成する方法と、構成に指数時間を許してより強い性能保証を得る方法を分けています。約2.57%と約7.34%は、符号化率と相対距離の漸近的な保証です。
- 誤り率のしきい値や実機での成功率を示す数値ではありません。復号、誤り検出の測定回路、実機の接続条件を含む評価は残っています。
International Quantum Academyとシンガポール国立大学のCentre for Quantum Technologiesに所属するBujiao Wu氏らは、2026年11月3日公開のプレプリントで、この個別選択が可能な位相ゲートを備える符号を提案しています。理論的な構成法と有限サイズの例を扱った研究です。
同じ符号の中から、操作する相手を選ぶ
位相ゲートは、量子状態の成分どうしの相対的な位相を変える操作です。例えばTゲートは、0と1の成分の間にπ/4の位相差を与えます。ここでいう「アドレス可能」とは、複数の論理量子ビットに対し、それぞれ異なる位相操作を指定できることです。
論理量子ビットが四つあるなら、二番目だけにTをかけ、残りの三つには何もしない、と指定できます。別の指定では、一番目にT、三番目にその逆向きの操作をかけることもできます。そのたびに符号化の仕方を取り替えるのではなく、同じ符号の中で選べる点が要点です。
このとき、選んだ論理量子ビットに対応する物理量子ビット一つだけを操作するわけではありません。符号化された情報は分散しています。研究では、複数の物理量子ビットにかける位相の強さをあらかじめ計算し、その組み合わせで狙った論理操作を実現します。物理操作が一量子ビット単位なので、このゲート層で一つの誤りが相互作用を介して複数へ広がるのを避けられます。
符号化を逆向きにたどり、位相の重みを決める
仕組みの中心は、符号化の対応関係を表す行列Bです。論文は、整数を一定の数で折り返して扱う演算を使い、その整数を複数の量子ビットの0と1で表現します。Tゲートの場合は、0〜7の八通りを三つの物理量子ビットで表す小さなまとまりを使います。
Bの逆行列を使うと、符号化された座標から元の論理情報に対応する値を取り出せます。ここから位相の重みを作れば、物理側の位相を足し合わせた結果が、選んだ論理量子ビットの位相だけになります。同じBに対してこの対応関係を保ちつつ、別の行列Aで符号化状態の位相を調整し、誤りへの強さを設計する余地も作っています。
つまり、個別の論理操作を指定するための仕組みと、符号の距離を確保するための設計を切り分けています。これによって、位相操作の選択性を保ったまま、異なる符号の作り方を比較できます。
符号を作る時間と、保証できる強さを分ける
評価には二つの割合を使います。符号化率K/Nは、N個の物理量子ビットでK個の論理量子ビットを保持する割合です。相対距離D/Nは、符号の距離Dを物理量子ビット数で割った値です。距離は、論理情報に影響を与える誤りの最小の重さを表し、大きいほど多くの誤りを区別して訂正する余地があります。
論文の共通係数ηは、符号を大きくしていく系列で、この二つの割合を同時にどこまで保証できるかを表します。Tゲートについて、主な違いは次の通りです。
| 構成 | 符号化率と相対距離の共通保証 | 構成・検査の負担 |
|---|---|---|
| 代数幾何符号に基づく構成 | 52/2025、約2.57% | 符号の大きさに対して多項式時間で構成 |
| 候補を数え、厳密に検査する構成 | 約7.34% | 決定的探索は指数時間。無作為候補を使っても厳密検査の期待時間は指数的 |
多項式時間の構成は、古典的な代数幾何符号の構造を量子符号へ移します。その途中で、八つのまとまりを十に増やす内側の符号化を使います。長さは25%増えますが、この構成で保証される距離の下限は二倍になります。これは符号内部の比較であり、誤り測定用の補助量子ビットなどを含めた装置全体の増加率ではありません。
もう一方は、候補の行列が低い重さの誤りを検出できるか、厳密に検査する方法です。より強い保証を得られますが、符号を見つけて確認する計算の負担が大きくなります。選んだ符号の符号化回路を多項式サイズで表せることと、その符号を効率よく探索できることは別です。
約2.57%や約7.34%を、許容できる物理誤り率と読むことはできません。また、その逆数だけで量子コンピューター全体に必要な物理量子ビット数が決まるわけでもありません。復号、測定、論理ゲートの組み合わせなどの費用を含む比較が必要です。
48量子ビットと90量子ビットの例は、何を確かめたか
有限サイズの例では、48個の物理量子ビットに4個の論理量子ビットを符号化し、距離5を持つ符号と、90個に8個を符号化し、距離7を持つ符号を示しています。論文の表記にある16や256は符号空間の次元であり、論理量子ビット数そのものではありません。
著者らは、距離未満の誤りが検出される条件を厳密に検査し、さらに重さ5または7で論理情報に影響する具体的な誤りを示すことで、距離を下からも上からも確かめています。理想的な回復操作を前提にすれば、距離5は任意の2量子ビット誤り、距離7は任意の3量子ビット誤りを訂正できる範囲に対応します。実際の測定や回復そのものが誤る場合のしきい値とは別の話です。
48量子ビットの例には、追加の補助量子ビットを使わない符号化回路も示されています。ただし、報告された深さ228は、任意の二つが接続でき、論文で数える各操作の所要時間を一単位とした条件です。二量子ビットの制御位相操作に加え、三量子ビットの乗算や六量子ビットの加算などを含み、一量子ビット操作は深さの集計から除いています。そのまま実機のネイティブゲート層数や実行時間には換算できません。
これらの有限符号の行列と機械検証用の証跡は、論文では著者への合理的な依頼に応じて提供するとしています。公開コードを取得して編集部で再実行した結果ではなく、論文に記載された構成と検証結果として扱う必要があります。
選択性を得ても、誤り訂正の全体設計は残る
この研究は、守られた複数の論理量子ビットを個別に操作できる位相ゲートと、符号化率・距離を両立する設計の範囲を広げています。一方、あらゆる論理ゲートを横断的な操作だけで実現したわけではありません。対象は位相ゲートの族です。
読み比べる際には、同じTゲートの要件を満たしているか、数値が漸近保証か有限サイズの結果か、符号の構成時間をどこまで許しているか、という三点が出発点になります。そのうえで、効率的な復号、扱いやすい重さの検査、誤りを調べる測定回路、実機の接続制約まで含められるかを確認したいところです。個別に操作できることと、実装全体が低い負担で動くことの間を、次の研究で埋める必要があります。
出典
- Bujiao Wu, Tongyin Lin, Bin Cheng, Substantially Improved Rate and Distance for Addressable Transversal Phase Gates, arXiv:2611.04964v1、2026年11月3日公開。本文・Supplemental Materialを含むPDF。本稿はこの版の理論的構成と検証記述に基づきます。

