Kerr-catのビット反転時間を約450秒へ延ばす、自律冷却の仕組み

二つにつながった淡い青のくぼみに小さな光が残り、薄紫の揺らぎだけが右の透明な管へ抜けていく抽象画

量子ビットの誤りを、一方向だけでも起きにくくできれば、誤り訂正に必要な負担を減らせる可能性があります。その考え方を実装するキャット量子ビットでは、超伝導回路の振動を、互いに反対向きの二つの状態として使います。問題は、その二つの間を飛び移る誤りをどう抑えながら、量子状態の操作や読み出しを続けるかです。

2026年11月3日、ワイツマン科学研究所のSergey Hazanov氏らは、Kerr-cat(カー・キャット)量子ビットのビット反転時間を約450秒まで延ばした実験のプレプリントを公開しました。状態を閉じ込める回路の相互作用を、余分な励起を外へ逃がす経路としても使います。ただし、450秒は量子情報のあらゆる成分を保てる時間ではありません。何を守れたのかを、位相反転や操作の測定と分けて読む必要があります。

簡単にまとめると?

  • 二つの論理状態の間を飛び移りやすくする「余分な励起」を、読み出し用の回路へ移して散逸させる仕組みです。追加の冷却専用駆動や回路素子を使わずに実現しました。
  • 最長の448±57秒は、繰り返し読み出した記録の反転回数から推定したビット反転時間です。別種の誤りである位相反転は、はるかに短い時間で起こります。
  • 高速なZ操作と小さな読み出し起因の反転も調べていますが、測定条件は一つではありません。最長寿命、位相保持、操作性能を同じ動作点の成績としてまとめることはできません。

壁を高くするだけでは、励起が残る

ここでいうキャット量子ビットは、共振器の振動の振幅と位相で表される二つの状態に情報を持たせる方式です。Kerr-catでは、振動の強さによって応答が変わるカー非線形性と、二光子駆動を組み合わせます。その働きは、二つの谷と、それらを隔てる壁のある地形にたとえられます。二つの谷の底が論理状態に対応し、谷から谷への移動がビット反転です。

平均光子数を増やすと二つの状態の隔たりが大きくなり、ビット反転は起こりにくくなると期待されます。しかし、ノイズで状態が谷の高い位置へ励起されると、もう一方の谷へ移りやすくなります。壁を用意することと、壁の近くまで上がった状態を下へ戻すことは別の仕事です。従来のKerr-catでは、この励起がビット反転時間をミリ秒程度に制限する要因になっていました。

今回の焦点は、閉じ込めを強めるだけでなく、飛び移りを助ける励起を継続的に取り除くことです。なお、散逸を利用する別方式のキャット量子ビットには、すでに100秒を超える報告があります。著者らが述べる「従来より5桁以上」という比較は、過去のKerr-catの実証に対するものです。

読み出しの回路を、励起の出口にもする

研究チームは、SNAILと呼ばれるジョセフソン接合を使った非線形回路を用いました。この回路には、量子ビット側の二つの光子と、読み出し共振器側の一つの光子を交換する相互作用があります。従来から閉じ込めのための二光子駆動を生むこの相互作用を、冷却にも使います。

駆動の条件を調整し、谷の中の励起のエネルギー間隔と、駆動周波数から見た読み出し回路の周波数差が合うと、励起が読み出し側へ移りやすくなります。読み出し側では光子が外へ失われるため、励起が量子ビットへ戻る前に系外へ逃げます。ここでの「冷却」は、この余分な励起の占有を減らすという意味です。装置全体の温度を新たな冷凍機で下げたわけではありません。

量子ビット内の余分な励起が、共鳴した読み出し回路またはフィルターへ移り、光子の散逸として外へ抜ける流れ
論文の機構説明を基にQuantum Seaが作成した概念図。原論文の図や測定データを転載・なぞり書きしたものではなく、装置の実配置や寸法を表しません。

読み出し線にあるPurcell(パーセル)フィルターも、同様の励起の出口になります。これは共振器と外部回路の結合を周波数に応じて調整する部品です。今回の最長のビット反転時間は、このフィルターとの共鳴を使った条件で得られました。フィルターが冷却を受け持ち、別の読み出し共振器が測定を受け持てることも利点です。

量子情報を守るには、励起を逃がす途中で「どちらの谷にいたか」を外へ漏らしすぎないことが大切です。論文の近似的な記述では、この冷却の相互作用は谷の中の励起に働き、論理状態の側には恒等作用、つまり状態を変えない作用として現れます。分光で見えた共鳴の構造と、励起状態からの緩和が速くなる測定が、この機構を支えています。

「自律的」とは、励起を測ってから一回ずつ修正命令を出すのではなく、設定した駆動と回路の散逸が励起を逃がす、ということです。既存の駆動や低温環境は必要です。また、読み出し回路に熱的な光子が多ければ逆向きの加熱も起こります。結合を強めるだけで際限なく冷却できるわけではありません。

約450秒は、どのように求めた値か

論文では、同じ磁束の設定でも、駆動条件を変えた三つの動作点を比較しています。平均光子数22.4の読み出し共振器との共鳴では約0.52秒、光子数27.3の二つの共鳴の間では約15.4秒、光子数33.8のフィルターとの共鳴では、100秒の測定窓内に減衰を確認できませんでした。

最後の測定だけから言えるのは「100秒を超える」という下限です。448±57秒という推定値は、別途、繰り返し読み出した長時間の記録を解析して得ています。読み出し間隔が10ミリ秒を超える、測定による反転の影響が小さい記録では、合計15時間で62回の反転を数えました。さらに読み出し間隔を変えた記録も合わせ、待機中の反転と測定が引き起こす反転を分けています。

このビット反転時間は、二つの状態の相関が減衰する時間定数です。対称な二状態の反転モデルでは、反転の発生率はその時間の2倍の逆数になります。「450秒ごとに必ず一度反転する」という意味でも、450秒間まったく誤りが起きないという保証でもありません。

磁束の設定も変え、各設定で冷却の共鳴へ合わせると、光子数の増加とともにビット反転時間が指数関数的に伸びる傾向が見えました。フィットでは一光子の増加当たり約1.82倍です。ただし、磁束を変えると非線形性や通常の光子寿命なども変化します。光子数だけを動かし、他の全条件を固定した実験として解釈することはできません。

ビット反転が遅くても、位相反転は残る

もう一つの誤りは、二つの状態を重ね合わせたときの相対的な位相が変わる位相反転です。谷から谷へ移らなくても、量子情報はこの変化で損なわれます。キャット量子ビットでは、光子数を増やしてビット反転を抑える一方で、単一光子の損失による位相反転の頻度は増えます。

研究では、両方の時間を測定できた最大の平均光子数24.2で、ビット反転時間が3.55±0.23秒、位相反転時間が113±24ナノ秒でした。ナノ秒は10億分の1秒です。両者の大きな差が、誤りの偏りを使う符号にとっての材料になります。ただし、速い方の誤りを別の仕組みで訂正する必要は残ります。

最長448秒を得た光子数33.8では、重ね合わせを準備する過程で測定のコントラストが足りなくなり、位相反転時間を信頼できる精度で測れていません。したがって、448秒と113ナノ秒を同じ動作点の値として割り算したり、「量子状態を7分以上保持した」と読み替えたりすることはできません。

寿命と操作を、同じ条件で確かめる

研究チームは、平均光子数22.4の別の動作点で、位相を操作するZゲートも調べました。π回転に必要な時間は8ナノ秒です。この駆動を連続して加えた場合のビット反転時間は0.65±0.04秒で、駆動しない場合の0.64±0.03秒と整合しました。速い操作を加えても、調べた条件ではビット反転の保護を大きく崩さなかった結果です。

また、光子数33.8のフィルター共鳴で行った4マイクロ秒の読み出しについて、測定一回がビット反転を起こす確率を(5±1)×10−7と見積もっています。これは測定による状態への影響を表す量で、読み出した値を誤って判定する確率や、量子ゲート全体の誤り率とは異なります。

今回の実験は、余分な励起の出口を回路の中へ組み込み、Kerr-catのビット反転保護を大きく伸ばす道筋を示しました。今後の比較では、最長のビット反転時間だけでなく、同じ動作点での位相反転、操作の誤り、読み出しの影響、複数の量子ビットをつないだときの振る舞いを見ることが大切になります。プレプリントのデータとコードは、公開リポジトリではなく、著者への合理的な依頼に応じて提供するとされています。

研究の資金にはQuamCore社による支援が含まれ、共著者のSerge Rosenblum氏は同社の株主であると開示しています。

出典