パウリ項をまとめて測る条件、回路数と測定回数のトレードオフ

平行に並ぶ青灰色の薄い面と、輪と橋でつながる異なる向きの淡い面を対比した抽象アート。

量子コンピューターで分子や物質を調べるとき、欲しい答えは測定した0と1の並びそのものとは限りません。例えばエネルギーを求めるには、複数の測定結果を平均し、それぞれに係数を掛けて足し合わせます。ここで、同じ測定結果からいくつもの項を計算できれば、測定のために用意する回路の種類を減らせます。

この工夫がパウリ項のグループ化です。ただし、何でも一つの測定にまとめられるわけではありません。まとめ方によっては、測定直前に量子ビット同士を結ぶ操作が必要になり、回路が長くなります。QED-Cの共同研究は、グループの作り方、各グループに割り当てる測定回数、回路を実行する時間を分けて比較しています。回路の種類が少ないことと、同じ精度の答えを少ない負担で得られることを、区別して読むのがポイントです。[1]

簡単にまとめると?

  • エネルギーなどを表すパウリ項は、両立する測定のまとまりに分けられます。一度の測定から複数の項の値を読み取れると、用意する測定回路の種類を減らせます。
  • 量子ビットごとに測定方向がそろう場合と、全体としてだけ両立する場合では、必要な回路が違います。後者では、量子ビット間の操作が追加されることがあります。
  • 比較するには、グループ数に加えて、測定回路の深さ、総測定回数と配分、最終的な誤差をそろえて確認します。特定の論文で有利だった配分が、すべての状態や実機で最善とは限りません。

一つの測定結果から、三つの項を読む

パウリ演算子の X、Y、Z は、量子ビットの異なる方向の測定に対応する基本的な演算子です。それぞれの測定値は +1 または −1 です。I は恒等演算子で、その量子ビットの結果を使わないことに相当します。複数量子ビットについてこれらを並べたものを、パウリ文字列と呼びます。

ここでは左を1番目、右を2番目の量子ビットとします。ZI は1番目のZ測定、IZ は2番目のZ測定、ZZ は両方のZ測定値の積です。二つの量子ビットをZ方向に測れば、この三つの値を同じ結果から読み取れます。ZZ のためだけに、もう一度別の回路を実行する必要はありません。

説明用に、同じ状態を準備して100回測り、次の回数が出たと仮定します。Z測定のビット0を +1、ビット1を −1 に対応させます。この回数は仕組みを示すための例で、論文や実機の測定データではありません。

表1 同じ二つのビットから、ZI・IZ・ZZの三つの値を計算する例。Quantum Sea作成。
結果 回数 ZI IZ ZZ
00 40 +1 +1 +1
01 10 +1 −1 −1
10 20 −1 +1 −1
11 30 −1 −1 +1

この表から、ZIの平均は (40+10−20−30)/100=0、IZの平均は (40−10+20−30)/100=0.2、ZZの平均は (40−10−20+30)/100=0.4 です。説明用のハミルトニアン、つまりエネルギーを表す演算子を H=0.7 ZI+0.2 IZ−0.4 ZZ と置くと、その期待値の推定は 0.7×0+0.2×0.2−0.4×0.4=−0.12 となります。単位も係数も、この例のために選んだものです。

三つの項を別々に100回ずつ測れば、合計300回の状態準備と測定になります。この例では一つの測定回路を100回実行するだけで、三つの平均を計算できました。ただし、これだけで「精度を保ったまま、測定回数を必ず3分の1にできる」とは言えません。同じ結果から求めた項の値には相関があり、足し合わせたエネルギーのばらつきにも影響するためです。省けた回路の種類と、必要な精度に達する総測定回数は、別々に評価します。

全体では両立しても、量子ビットごとには両立しない場合

ここでいう両立は、演算子の順序を入れ替えても同じになる可換性に対応します。パウリ項同士が可換なら、共通の測定基底、すなわち両方の値を一緒に読み取れる測定の枠組みを選べます。今回のグループ化は、その性質を使う方法です。[1]

ZIとIZは、各量子ビットでZかIだけを使うので、量子ビットごとの測定方向が衝突しません。一方、XX と ZZ は少し違います。XとZは一つの量子ビット上では反可換で、順序を交換すると符号が反転します。しかし二つの量子ビットでは、その符号反転が二回起きて打ち消されます。したがってXXとZZは、全体としては可換です。

表2 可換性の違いと、同じ測定にまとめる条件。資料[1]の区分を使った独自の2量子ビット例。Quantum Sea作成。
項の組 量子ビットごとに可換 全体として可換 測定の組み方
ZIとIZ はい はい 両方をZ方向に測る
XXとZZ いいえ はい 両量子ビットにまたがる基底変換でまとめられる
XIとZI いいえ いいえ この可換グループ測定では別のグループに分ける

XXとZZを一緒に読む方法の一つは、1番目を制御、2番目を標的とするCNOTゲートをかけ、その後で1番目にアダマールゲートをかけてから、両方をZ測定する手順です。このとき1番目の測定値が変換前のXX、2番目の測定値が変換前のZZに対応します。CNOTは二つの量子ビットを結ぶ操作で、アダマールゲートは測定方向を切り替える基本的な操作です。ここでは理想的な操作を仮定しています。

この例では、別々だった測定を一つにまとめる代わりに、CNOTが必要になります。実機では量子ビットの接続やゲートの誤りも関係するため、回路の種類を減らす効果と、追加操作による負担を比べる必要があります。

kは「まとめる項の数」ではなく、可換性を調べる範囲

原論文のk可換性(k-commutativity)では、量子ビットの並びをk個ずつのブロックに区切り、各ブロックの中でパウリ項同士が可換になることを求めます。最後のブロックだけk個未満になる場合もあります。k=1なら量子ビットごとの可換性、kが全量子ビット数nなら全体の可換性です。kはグループ内の項の個数でも、測定の繰り返し回数でもありません。[1]

先ほどのXXとZZは、k=1では分かれ、k=2なら一緒にできます。グループの測定基底は、ブロックごとにクリフォード回路で変換します。これはパウリ演算子を別のパウリ演算子へ移す性質を持ち、アダマールやCNOTなどで構成できる回路です。大きなブロックでまとめるとグループを減らせる場合がある一方、測定のための量子ビット間操作が増える可能性があります。[1]

公開実装では、係数の絶対値が大きい項から順に、条件を満たす既存グループへ入れていき、入る場所がなければ新しいグループを作ります。こうした貪欲法は、その時点で選べるまとまりを順に決める方法で、最少グループ数を保証しません。論文でも、kを変えたときにグループ数が期待どおり減らない例が示されています。「kを大きくしたから、必ず回路が少なくなった」と考えず、実際に生成されたグループと測定回路を確認します。[1][2]

グループを作ったあとに、測定回数を配る

同じ回路の状態準備から測定までを一度行うことを、通常1ショットと呼びます。グループが10個あって、各グループに100ショットを割り当てれば、合計は1,000ショットです。グループを5個に減らし、各100ショットにすれば500ショットになりますが、これは総測定回数を変えた比較です。総数を1,000に保ち、各200ショットとする比較とは分けて考えます。

原論文は、総ショット数を固定したうえで、各グループのパウリ係数の絶対値について、平均や最大値、その二乗などから重みを作る方法を調べています。各グループへ、その重みに比例する回数を配ります。係数の小さなグループが丸めによって0回にならないよう最低1回を割り当て、丸めで総数がずれた分も調整しています。全グループを少なくとも1回測るには、当然ながら、総ショット数がグループ数以上である必要があります。[1]

係数の大きな項を丁寧に測る考え方には理由があります。同じ平均値のずれでも、最後に大きな係数を掛ければ、エネルギーへの影響が大きくなるからです。ただし、係数だけで測定の難しさがすべて決まるわけではありません。同じ項でも、準備する量子状態によって +1 と −1 の出やすさが変わります。また同時に測る項の間の相関も、グループを合計した値のばらつきを変えます。係数に基づく配分を、状態や装置によらない万能な最適解とみなすことはできません。

論文の比較では、12量子ビットの8種類のハミルトニアンを使い、100通りのランダムな状態準備について測定による推定を評価しています。この部分では時間発展のトロッター・ステップ数を0とし、時間発展の近似誤差を混ぜずに測定方法を比較しています。グループ化を全体として可換なn-commuteに固定した総4,000ショットの比較では、係数の絶対値の平均を使う配分が、一様に配る方法より小さな誤差を示しました。ここでの誤差は、シミュレーションで得たエネルギーと理論値の差について、複数試行で求めた標準偏差です。特定の比較条件で得た結果であり、量子状態そのものの忠実度や、すべての実機での改善率を表す数値ではありません。[1]

回路の種類、ショット数、実行時間を分けて比べる

グループ化を選ぶときは、まず同じハミルトニアンと同じ状態を対象にし、何を固定して比べるかを決めます。総ショット数を固定して誤差を見る方法もあれば、目標誤差に届くまでの総時間を比べる方法もあります。後者には量子回路の実行だけでなく、グループ化や測定回路の生成、実行要求をまとめる処理の時間も入ります。[1]

表3 同じ精度に届く測定方法を選ぶための確認項目。資料[1]と本文の例を基にQuantum Sea作成。
確認するもの 比較でそろえる条件 判断への使い方
グループと測定回路 同じパウリ項・係数、量子ビットの順序と区切り 何種類の回路ができたか、追加の2量子ビット操作が何個必要かを見る
測定回数と配分 総ショット数、グループごとの回数、状態準備 回路を減らした効果と、測定回数を増減した効果を混ぜない
誤差と実行時間 参照値、誤差の定義、装置と雑音、集計に含める工程 目標誤差に届いたか、そのためにどれだけの総時間を使ったかを見る

例えば、kを大きくしても生成されたグループ数が同じなら、測定基底を変える回路が短い方を選べるか確認する価値があります。逆にグループ数が大きく減っても、追加ゲートの雑音で推定値のずれが増えるなら、短時間で多く測るだけでは解決しない場合があります。ショット数を増やして抑えやすい統計的なばらつきと、装置や回路に由来する偏りを分けて調べます。

論文に結び付いた公開実装からは、グループ化と測定回路の構成を追えます。ただし、コードが公開されていることは、手元の装置で同じ精度や所要時間を再現できたことを意味しません。本稿では版を固定して処理を確認しており、実装を実行した性能試験は行っていません。測定をまとめる目的は、単に回路の種類数を小さくすることではなく、求める物理量を必要な精度で得るための負担を減らすことです。[2]

出典

  1. Siyuan Niuほか「A Practical Framework for Assessing the Performance of Observable Estimation in Quantum Simulation」、arXiv:2504.09813v1、2025年4月14日提出。第III節のグループ化・測定回路・ショット配分、第IV節A–Cの比較条件と結果を参照。表1・2の数値や回路例は本稿独自の説明例。
  2. QED-C「Application-Oriented Performance Benchmarks for Quantum Computing — HamLib」、コミット 21dfc331ce61a2170b06f88259aa19f901c021bc。パウリ項のグループ化と測定回路の生成の実装を参照。論文と関連実装を、独立した二つの性能実証としては扱っていない。