穏やかな量子測定、結果が出やすいと状態を保ちやすい条件

白い丸皿に載った五つの薄緑の小石の上で半透明の覆いが浮かび、皿の外に桃色の小石が一つある。

量子状態を測ると、測る前の状態は変わることがあります。それでも、ある結果がほぼ確実に出る測定なら、その結果を得た後も、状態をあまり変えずに残せる場合があります。この関係を示すのが、gentle measurement lemma(穏やかな測定の補題)です。

大事なのは「起こりやすい結果」と「測定後にどの状態を残すか」を一緒に指定することです。結果の確率が高いという情報だけで、どんな測定装置でも状態を保てると決めることはできません。

簡単にまとめると?

  • 平方根を使う特定の測定更新では、結果が出る確率pが高いほど、その結果を得た後の状態と元の状態の忠実度に高い下限が得られます。
  • 比較するのは、その結果が出たことを条件にした状態です。全試行の平均や、結果を捨てた後の状態とは区別します。
  • 同じ結果確率でも、その後に追加の回転を加えれば状態は大きく変わり得ます。確率を与える式だけでなく、状態更新の方法を確認します。

確率を決めるものと、残る状態を決めるもの

測る前の量子状態を密度行列ρと書き、注目する一つの結果に対応する演算子をPとします。Pは0以上で、単位演算子I以下です。この結果が出る確率はp=Tr(Pρ)で求めます。Trは行列の対角成分を足す操作です。

ただしPは、その結果の出やすさを表す情報です。それだけで測定後の状態を一意に指定するわけではありません。ここでは結果を得た後の状態を、次の平方根更新で定めます。[1]

ρ′=√P ρ √P / p (p > 0)

√Pは成分ごとの平方根ではなく、行列としての平方根です。分子のTrはpなので、pで割ることで、選ばれた結果に条件を付けた状態のTrを1へ戻します。結果が出ないp=0の場合には、この条件付き状態を式から作ることはできません。

高い確率から得られる、忠実度の下限

二つの状態の近さを測る忠実度を、F(ρ,σ)=Tr√(√ρ σ √ρ)と定義します。これは平方根を含む側の定義で、二乗したF²を忠実度と呼ぶ表記とは数値を区別します。Watrousの教科書にある補題は、上のρ′についてF(ρ,ρ′) ≥ √pを示します。[1、系3.15]

例えばp=0.99なら、Fは少なくとも√0.99≒0.99499です。p=0.8なら下限は約0.89443になります。pの増加に合わせて保証される下限が1へ近づく、という関係です。これはFの実際の値がいつも√pに等しい、という意味ではありません。

なぜこの方向の関係が生まれるのでしょうか。0≤P≤Iなら、その固有値は0から1の間にあります。この範囲では平方根を取ると値は小さくならず、√P≥Pです。平方根更新後の忠実度はTr(√Pρ)/√pと書けるため、その分子をp以上と評価できます。これが√pという下限につながります。[1、式3.89]

98%で通るフィルターを、二つの成分で計算する

具体例として、基底0と1を80%と20%で混ぜた状態ρ=diag(0.8,0.2)を考えます。diagは指定した数を対角成分に並べ、残りを0にする記法です。注目する結果をP=diag(1,0.9)で表すと、0成分はその結果を必ず、1成分は90%の確率で出します。

全体の確率は0.8×1+0.2×0.9=0.98です。結果を得た後の状態はdiag(0.8,0.18)/0.98、つまり約diag(0.81633,0.18367)になります。1成分の一部が別の結果へ移った分、この結果に条件を付けた集団では0成分の割合が少し増えています。

直接計算した忠実度は約0.999785です。補題が保証する下限√0.98≒0.989949より高くなりました。下限は保守的な保証であり、この具体的な状態の値そのものではないことが分かります。数値は指定した理想行列からの独自計算で、装置の実測値ではありません。

98%で得られる結果の条件付き状態では、0成分が80%から81.63%へ、1成分が20%から18.37%へ変わる。忠実度の下限0.989949に対して、この例の値は0.999785。
理想的な平方根更新の独自計算。結果を得た試行に条件を付け、正規化して比較した。

確率が100%でも、追加操作で状態は変わる

適用範囲を確かめるために、P=Iという極端な例を考えます。注目する結果の確率はどの状態でも1です。平方根更新なら√I=Iなので、状態はそのまま残り、忠実度も1になります。

一方、その結果を出した後で0と1を入れ替える操作Xを加えたらどうでしょうか。最初が0なら、最後は1へ変わります。結果の確率は同じく1でも、0と1は直交するので忠実度は0です。この例の更新はρ′=XρX†であり、補題で指定した平方根更新ではありません。

したがって、確率の高い結果を見つけただけでは、実際の装置が状態をあまり変えないことの証明にはなりません。平方根更新に対応する実装なのか、追加の回転や環境との相互作用が含まれるのかを分けます。補題は、測定後の状態をどう作るかという条件を含んだ主張です。

条件付きの状態と、全体の成功率を分ける

本稿のρ′は、注目した結果を得た場合の状態です。別の結果が出た試行を含めた平均状態や、すべての結果の記録を捨てた状態を、このρ′で代用してはいけません。残した試行の状態が元に近いことと、どれだけの試行を残せたかは、Fとpを別々に記録します。

また、gentleという名前は装置の結合が弱いという実装条件と同義ではありません。射影測定であっても、その状態に対して注目結果がほぼ確実なら、条件を満たす例になります。逆に、実験装置を弱く結合したという説明だけでは、本稿のpや更新式が成立するとは限りません。

この補題を使う場面では、最初の状態ρ、注目する結果P、その確率p、結果後の更新式、忠実度の定義を一緒に示します。その組み合わせがあって初めて、「結果を確かめた後にも、元の状態にどれだけ近いものが残るか」を数値で議論できます。

出典

  1. John Watrous, The Theory of Quantum Information, Chapter 3(2018年著者公開版)、142〜143ページ、命題3.14・系3.15・式3.85〜3.89。本文の数値は独自の二次元行列計算。