量子コンピューターの性能は、量子ビットの数だけでは判断できません。多くの量子ビットを使えても、長い計算の途中で誤りが増えれば、求める結果を取り出しにくくなります。反対に、複雑な計算を保てても、結果を集めるのに長い時間がかかる装置もあります。
Sandia国立研究所は2026年10月19日、こうした違いを共通の課題で測る「QUOPS」を紹介しました。正式名はQuantum Universal Operation Performance System。9月10日公開の原論文では、Google、IBM、Quantinuumの装置を評価しています。ここでは査読前論文の第1版をもとに、何を測った数字なのかを見ていきます。[1、2]
簡単にまとめると?
- QUOPSスコアは、一定の条件を満たして実行できた量子回路の大きさです。QUOPS rateは、その回路を動かす速さを、誤りによる測定のやり直しなども考慮して表します。
- 合格基準の約61%は、問題の正答率ではありません。理想の量子操作との対応を表す「平均プロセス偏極」に対する閾値で、スコアの判定には統計的な不確かさも含めます。
- 実測、誤りのある結果から情報を取り出す「誤り緩和」の外挿、将来装置の予測は別の結果です。高いスコアだけで、実用問題を解けたとはいえません。
同じ回路を、それぞれの装置で動かして測る
QUOPSの試験回路は、量子ビットの状態を回転させる1量子ビット操作と、二つの量子ビットを関係づけるCNOTゲートを交互に並べて作ります。回転の軸・角度や接続の組合せをランダムに選び、使う量子ビット数と回路の大きさを変えて試します。[1]
大きさの数え方も決められています。1量子ビットの回転を1、CNOTを2と数え、その合計を回路サイズとします。装置内部で実際に発生する操作の数とは区別するための、共通の数え方です。

図1は、6量子ビットに8層の操作を置いた例です。回転操作の層は6個でサイズ6、CNOTの層も3個×2でサイズ6となり、全体は48です。この「48」を、物理量子ビットが48個あるという意味では読みません。
実行前には、共通回路を各装置が使える操作に変換します。これをコンパイルと呼びます。直接つながっていない量子ビットの間では状態を移し替える操作が必要になり、誤り訂正を使う装置では、回転を複数の論理ゲートで近似する場合があります。QUOPSは、こうした変換を経た計算の精度を測るため、量子ビット単体に加え、接続やソフトウェアの影響も結果に表れます。[1]
スコアの「大きさ」と、約61%の合格基準
回路の幅を量子ビット数w、サイズをsとすると、QUOPSスコアに使う範囲はw²≤s≤w³です。その範囲で合格した最大のsをスコアにします。少数の量子ビットで長く計算するだけの回路や、多数の量子ビットを使ってすぐ終える回路に、評価が偏らないようにする条件です。たとえば幅6なら、サイズ36〜216が対象になります。[1]
合格を決める指標は、平均プロセス偏極です。これは、実際の処理が理想の量子操作にどれだけ対応しているかを、回路の集まりについて評価した量です。理想的な処理では1となり、雑音やコンパイル時の近似誤差で低下します。標準の閾値は1/√e、約0.607です。「試した問題の60.7%に正解した」「95%の確率で正答する」という意味ではありません。
研究チームは、元の回路に逆向きの操作などを組み合わせたミラー回路を用いて、この量を推定しました。理想的な出力を確認しやすい試験に変えることで、大きな回路の全動作を古典コンピューターで再現する負担を抑えます。初期状態の準備や読み出しの誤差を見分ける参照実験も行います。[1]
測定値が閾値を少し上回っただけでは合格になりません。論文では、回路ごとの差や測定回数の有限性によるばらつきを評価し、片側95%信頼区間の下端が閾値以上となるかを調べています。スコアを大きくする順に判定し、最初に不合格となったところで止める手順も定めています。
原論文が報告したスコアと速度
次の表は、原論文のTable Iに載る実測結果の一部です。速度は、それぞれのスコアを達成した回路形状でのQUOPS rateです。装置全体の量子ビット数ではなく、測定に使った回路の幅を併記しています。[1]
| 装置・条件 | 幅 | スコア | QUOPS/s |
|---|---|---|---|
| Google Willow・物理量子ビット | 6 | 216 | 2,000万 |
| IBM ibm_boston・物理量子ビット | 6 | 204 | 31万 |
| Quantinuum H2-1・物理量子ビット | 12 | 1,320 | 353 |
| Quantinuum Helios-1・物理量子ビット | 16 | 1,504 | 303 |
| Helios-1・漏れ誤りを検出した測定を除外 | 16 | 1,824 | 247 |
| Helios-1・Steane符号の論理量子ビット | 4 | 40 | 4.9 |
たとえばWillowは、この試験では小さめの回路を速く繰り返せます。一方、Helios-1は、より大きな回路で合格しています。スコアだけ、あるいは速度だけを並べると、この違いが見えなくなります。どちらが使いたい計算に合うかは、その計算の幅・サイズや、必要な測定回数によって変わります。
Helios-1の1,824という値には、漏れ誤りを検出した測定結果を捨てる「事後選別」が含まれます。量子ビットが計算に使う状態の範囲から外れた兆候を見つけ、その回を除外する方法です。2026年6月3日の幅16・サイズ1,824の実験では、20回路を各200回、合計4,000回測定し、23.85%を除外しています。偏極の95%信頼区間の下端は、除外前が0.5863、除外後が0.6407でした。除外後に標準閾値を満たしたのであり、すべての測定をそのまま使った結果ではありません。[1、Table VI]
QUOPS rateは、利用者が待つ全時間とは限らない
QUOPS rateの基本的な考え方は、回路サイズを実行時間で割った速度に、平均プロセス偏極の二乗を掛けることです。誤りが多いほど、同じ情報を得るための測定を増やす必要がある、という負担を反映します。実際の算定では、ミラー回路が元の回路のおよそ2倍の長さになることや、事後選別で捨てた測定の時間も調整します。単純な「毎秒ゲート数」ではありません。[1]
ただし、速度測定の条件は装置ごとに確認する必要があります。Willowの能力領域の測定では、回路形状ごとに100個のQUOPS回路から200個のミラー回路を作り、各1,000回実行しました。速度を測る別の実験では、幅6・サイズ216の25回路を各50万回実行し、回路の切替時間の影響を小さくしています。制御の遅延、波形のコンパイル、測定・リセットの時間を含む一方、他の利用者の処理が間に入る時間は除いています。[1、補足資料VIII]
IBMの報告値は、取得できる時刻情報の制約から、ジョブ全体の経過時間より短いQPU使用時間を採用しています。実行前に済ませられる一部の古典処理時間などを除くためで、速度が高く出る方向の選択です。Quantinuum側は、原則として専有した時間枠で最初の測定から最後の測定までを計時し、その間に生じるイオンの補充や較正なども含めています。論理量子ビットの4.9 QUOPS/sに対応する実験は、通常運用中の計時と注記されています。[1、補足資料VII、IX]
そのため、表の数字を、そのままクラウドへの投入から回答を受け取るまでの待ち時間や、利用料金に置き換えることはできません。比較に使うなら、回路の種類、繰り返し回数、除外した処理時間まで併せて読むことが大切です。
誤り緩和の外挿と、論理量子ビットの実測を分ける
論文は、偏極の閾値を1%まで下げた場合の能力領域も示しています。誤り緩和によって情報を取り出すことを想定した評価で、標準条件とは別です。必要な測定回数の増加をおおむね偏極の二乗の逆数で見積もると、1%では約1万倍になります。扱える回路を大きくする代わりに、結果を集める速さを失う、という関係です。[1]
この領域には、直接測った点に加え、偏極が回路サイズとともに指数関数的に減衰するというモデルを当てはめ、未測定のサイズへ延ばした外挿が含まれます。論文自身も、外挿した領域が実際に達成できるとは限らないと説明しています。誤り緩和後の大きな数字を、標準条件で動いた回路サイズと並べて扱うことはできません。
論理量子ビットで得た40 QUOPSも、別の意味を持ちます。実験では、誤りを検出・訂正するSteane符号で最大8論理量子ビットを構成し、スコア40は幅4で達成しました。物理量子ビットを直接使った1,504より小さいのは、この段階の論理実装では、回転の近似や誤り訂正に負担がかかるためです。40という数だけから、誤り訂正は不要だと結論づけることはできません。[1]
この実験の意義は、物理量子ビットの装置と、誤り訂正を組み込んだ装置を、同じ共通回路の尺度で評価できたことにあります。論理実装の改善でスコアと速度がどう変わるかも追えます。
実用性の証明ではなく、必要な能力との差を読む
QUOPSの共通回路は、任意角の回転を多く使う量子シミュレーションに近い構成です。異なる操作を多用するアルゴリズムとの対応には、追加の換算や仮定が必要になります。原論文が示す実用規模の課題への距離も、既存の資源見積もりをQUOPSへ換算した比較であり、その課題を実機で解いた結果ではありません。[1]
性能発表を読むときは、まず「どの幅とサイズの回路で、どの閾値を満たしたか」を確かめます。次に、事後選別や誤り緩和の条件、速度に含めた時間、実測か外挿かを確認する。この順で見ると、量子ビット数の増加だけでは分かりにくい、装置全体の進歩を判断しやすくなります。
研究を担う企業の事業背景は、CyclewaveのAlphabetの解説、IBMの解説、Quantinuumの解説で紹介しています。本記事のベンチマーク結果とは別に、それぞれの企業の位置づけを知るための案内です。
参考資料
- Timothy Proctorほか — Benchmarking the computational power of quantum computers(2026年9月10日、arXiv v1、査読前論文)。原論文PDFのFig.1–2、Table I、Methods、補足資料III–IV・VII–Xを参照。数値はこの版に固定しています。
- Sandia National Laboratories — Sandia benchmarks progress toward useful quantum computing(2026年10月19日)。同じ研究の紹介記事です。測定値・条件は[1]を優先しました。資料確認:2026年10月27日。
