電気の信号を光に載せる「光変調器」は、データセンターの通信を支える部品です。速く切り替えられることに加え、小さな電圧で動くことも求められます。ところが、高速な信号ほど波形がなまりやすく、その補正を電子回路に任せると、回路の消費電力が増えるという課題があります。
東京科学大学、横浜国立大学、産業技術総合研究所などの研究チームは、波形を整える働きをシリコンの光変調器に組み込み、1波長あたり200 Gb/sのPAM4変調を実証しました。論文は2026年10月22日にNature Communicationsで公開され、大学などが26日に発表しています。200 Gb/sでは受信側のデジタル補正も使っていますが、補正の一部を光学構造で担うことで、電子回路への依存を減らす設計です。[1、2]
簡単にまとめると?
- 光を遅く進ませる小型のシリコン変調器に、光の遅延経路と交差部を組み込みました。速い信号ほど弱くなる応答を、構造の働きで補います。
- 変調器の波形をデジタル補正しないPAM4実験は180 Gb/s。200 Gb/sでは、受信側で11タップの補正を使い、駆動振幅は1.5 Vppでした。
- 200 Gb/s時の駆動エネルギーは63 fJ/bitという計算値です。26 fJ/bitは別の140 Gb/s条件であり、どちらもレーザーや受信回路まで含めた通信装置全体の値ではありません。
短く、低い電圧で動く変調器に残る課題
今回の装置は、二つの経路を通った光を再び合わせるマッハ・ツェンダー型の変調器です。電圧を加えると片方の光の位相、つまり波の山や谷の位置が変わり、合流後の光の強さを変えられます。この強弱を情報として送ります。
光の経路には、微細な穴を周期的に並べたフォトニック結晶導波路を使っています。特定の波長の光がゆっくり進む「スローライト」の性質を利用すると、短い距離でも電気信号と光が十分に相互作用できます。長い変調器や大きな電圧に頼らず、位相を変えやすくなるわけです。
ただし、電圧を変えたときの応答が無限に速くなるわけではありません。電気的な抵抗や容量などによって、高い周波数の成分は弱くなります。連続する記号の波形が重なると、受信側でどの値だったかを見分けにくくなります。小型化と低電圧化の利点を保ちながら、このなまりを補うことが今回の狙いです。[1]
光の遅れと交差を使い、波形を先回りして整える
研究チームは、変調する部分を複数の区間に分け、その途中に光を遅らせる経路と、二つの光経路を交差させる部分を加えました。区間ごとの働きが時間差を持って重なり、一部は逆向きの変化として加わります。これにより、変調器の応答を光と電気の構造そのもので調整します。
この働きを論文は「電気光学イコライザー」と呼んでいます。イコライザーは、周波数によって偏った応答を補うものです。今回の構造は、高速な変化が弱くなる変調器の性質に対し、高い周波数の成分を相対的に強める応答を重ねます。信号を受け取ってから計算で直す仕事の一部を、部品の構造へ移したと捉えると分かりやすくなります。
素子は300 mmのシリコン基板を使う工程で製作されました。交差部と遅延経路を含めた装置長は320マイクロメートル、電極まで含めた占有面積は0.4平方ミリメートルです。小さい構造へ補償機能も収めた点が、この研究の特徴です。[1]
200 Gb/sと26 fJ/bitは、同じ測定条件ではない
PAM4は光の強さを四つの段階で表し、1記号で2ビットを運ぶ方式です。200 Gb/sは、毎秒1000億回の記号の切り替え、すなわち100 Gbaudに対応します。研究チームは、応答の平坦さを重視した4区間構成の装置を使って変調実験を行いました。
結果を読むときは、速度だけでなく、変調方式、補正処理、駆動電圧を一組として見る必要があります。
| 実証した条件 | 補正と評価値 |
|---|---|
| PAM4、180 Gb/s | 変調器の波形に対するデジタル補正なし。波形品質の指標TDECQは2.2 dB以下。 |
| PAM4、200 Gb/s、1.5 Vpp | 受信側の11タップ補正あり。TDECQは1.5 dB。駆動エネルギーの計算値は63 fJ/bit。 |
| OOK、140 Gb/s、0.6 Vpp | 受信側の11タップ補正あり。TDECは2.5 dB。駆動エネルギーの計算値は26 fJ/bit。 |
原論文Fig. 4と補足資料Note 5に基づく整理です。OOKは光の強弱の二段階で1記号に1ビットを載せる方式です。Vppは電圧の振れ幅で、装置全体の電源電圧ではありません。実験では別に−2.5 Vの直流バイアスも加えています。[1、3]
11タップの補正は、複数の時刻の信号に重みを付けて足し合わせ、隣り合う記号の影響を減らす処理です。200 Gb/sではこのデジタル処理が残っており、「200 Gb/sを補正回路なしで実現した」と読むことはできません。補正なしでも200 Gb/sの波形の開きは見られましたが、TDECQは4.9 dBと悪化しています。
fJ/bitの値も、装置全体を電力計で測ったものではありません。補足資料では、駆動電圧、終端抵抗、変調方式から平均の駆動電力を計算し、ビットレートで割っています。レーザー、光増幅器、温度調整、デジタル補正や受信側の電力を含む通信系全体の省電力効果とは、分けて評価する必要があります。
波形の改善は、通信の誤り率そのものではない
TDECとTDECQは、送信波形の劣化を評価する指標です。今回の比較では値が小さいほど波形の劣化が小さく、同じ測定手順の中でイコライザーの有無による改善を確かめています。一方、長い通信を実行して誤ったビットの割合を直接測った結果ではありません。論文も、送受信機としての評価には誤り率に基づく測定が必要だとしています。[1]
実験には、外部の信号発生器や増幅器、光損失を補う光増幅器を使っています。測定系の応答を校正し、光増幅器の雑音の影響を抑えるため、OOKでは16回、PAM4では32回の波形を平均しました。「デジタル補正なし」は変調器の波形を補償する処理を加えない条件を指し、測定系の校正まで一切ないという意味ではありません。
周波数の数値にも注意点があります。別の3区間構成では、3 dB帯域を35 GHzから80 GHzへ広げたと報告しています。ただし測定装置の上限は67 GHzで、80 GHzは高周波側の測定値から直線を延ばして求めた推定を含みます。200 Gb/sの実験に使った4区間構成は、帯域が23 GHzから55 GHzへ広がり、応答がより平らになる設計です。[1]
実装へ向けては、光の損失と装置全体での確認が残る
光変調器の内部で波形を整えられれば、大きな電子回路を使う補正の負担を減らせる可能性があります。高速化のために電子回路を増やすだけでなく、光と電気を一緒に設計する選択肢を具体的な素子で示した成果です。
実用化に向けては、今回11.7〜15.5 dBだった光の挿入損失を下げることや、レーザー、駆動回路、受信器まで含めた検証が残ります。論文に出てくる複数波長で3.2〜6.4 Tb/sという容量も、将来の集積を見込んだ試算であり、今回その通信装置を実証したという数字ではありません。
今後の比較では、何Gb/sまで動くかに加え、その速度でどれだけの補正が必要か、光の損失を補う電力はどれくらいか、通信全体の誤り率を保てるかを一緒に見ることが大切です。
出典
- Keisuke Kawaharaほか「Reduced-DSP 200G/λ low-voltage slow-light silicon modulator enabled by built-in EO equalizer」Nature Communications 17, 10446、2026年10月22日。DOI: 10.1038/s41467-026-78128-1。Results、Fig. 1・3・4、Methodsを参照。
- 東京科学大学「光電融合に向けた高性能シリコン光変調器を開発」、2026年10月26日。共同研究の発表資料。原論文とは独立した追試ではありません。
- 同論文のSupplementary Information、Note 5。駆動電力とビット当たりエネルギーの計算条件を参照。
