ITRIの水浸冷却向け複合薄膜、水から回路を守りながら熱を逃がす研究

液体に半分浸った異なる素材が、光の変化で対比される抽象画

水で電子部品を冷やすときには、熱を運ぶことと、回路を電気的に守ることを一緒に考える必要があります。水を使う液浸冷却では、水と回路が直接触れないようにする膜も、冷却の仕組みの一部になります。

台湾の工業技術研究院(ITRI)がOCP APAC 2026で紹介したのは、パリレンとセラミックスを組み合わせる複合薄膜です。水から回路を隔てながら、熱を逃がす妨げを小さくすることを目指しています。公開資料にある膜の作り方、水蒸気の透過試験、簡単なIC回路の水浸実験を分けて読むと、研究で確かめたことと、実用へ向けて残る問いが見えてきます。[1]

簡単にまとめると?

  • ITRIは、パリレンとセラミックスの異なる性質を組み合わせ、水浸冷却向けの薄い封止膜を研究しています。
  • パリレンの成膜とセラミックスの成膜では工程が異なり、部品への熱負荷を抑えながら膜を作る工夫が紹介されています。
  • PET上の水蒸気透過試験と、膜を付けたIC回路の水中動作は、別々の評価です。
  • LEDの動作確認は出発点であり、サーバーの冷却性能や長期寿命が確認されたわけではありません。

水を隔てる膜にも、熱の通り道が必要になる

発表が課題にするのは、水を熱の運び手として使う一方で、その導電性から回路を守ることです。電気を通しにくい膜で部品を包む「封止」を施せば、水と回路の間に境界を作れます。ただし、その境界はチップの熱が外へ出ていく途中にも置かれます。[1]

そこでITRIは、二つの材料の性質を組み合わせます。一つは、表面を覆う高分子の膜として使うパリレンです。資料は、機械的な衝撃への対応に利点がある一方、熱を伝えにくい点を挙げています。もう一つはセラミックスの膜で、資料では窒化ケイ素系のSiNxを示し、熱を伝える性質と絶縁性に着目しています。反面、セラミックスだけでは割れへの配慮が必要になると整理しています。

複合膜は、この二つを重ねる設計です。パリレンを10µm未満に抑える方針も示されており、厚い保護層を足すのではなく、薄さと材料の組合せで必要な働きを得ようとしています。ここで示されるのは設計の狙いです。膜を通る熱の抵抗や、冷却中のチップ温度がどれだけ改善するかは、今回の資料では測定結果として示されていません。[1]

部品を熱しすぎず、表面に膜を作る

パリレンの成膜にはCVD(化学気相成長)を使います。気体にした原料から対象の表面へ膜を形成する方法で、講演は真空中で表面を均一に覆う工程を説明しています。原料の気化、熱分解、成膜、排気の冷却という四段階のうち、成膜段階は室温の25℃とされています。原料を扱う工程全体が25℃という意味ではありません。[1]

セラミックス側には、プラズマを利用するPECVD(プラズマ支援化学気相成長)が使われます。プラズマのエネルギーで反応を進め、基板を高温にしすぎずに膜を形成する考え方です。資料では80℃の低温工程が可能と説明しています。

電子部品の上に保護膜を作るには、膜そのものの性能に加え、膜を付ける工程で部品を傷めないことも必要です。二つの成膜方法を分けて紹介しているのは、材料の性質と、それを部品に載せる方法の両方が研究の対象だからです。

水蒸気を通しにくいことと、水中で動くことを分ける

膜の評価の一つが、WVTR(水蒸気透過率)です。一定の面積を一定の時間にどれだけの水蒸気が通るかを表し、膜が湿気を通しにくいかを見る指標になります。水蒸気の透過を測る試験であり、水中に置いた回路の寿命を直接測っているわけではありません。

講演の比較では、PETという樹脂の基材に膜を付けています。パリレンのみ、セラミックスのみ、両者を組み合わせた試料などを比べ、セラミックスを含む試料では、パリレンのみの試料より水蒸気の透過が少ない傾向を示しています。[1]

ただし、温度や湿度など測定条件の詳しい記載は限られています。平らなPET試料で得た結果を、そのまま凹凸のある実装部品の封止性能へ置き換えることもできません。膜の材料としての性質と、部品全体を水から隔てる働きは、別の段階で確かめる必要があります。

三つのIC回路を水に入れ、膜の違いを見る

次の原図には、簡単なIC回路を使った比較と、部品を包む膜の断面が示されています。試料1はパリレンとセラミックスの複合膜、試料2は封止膜なし、試料3はパリレンのみです。中央の断面図は、基板上のチップを外側から膜で覆う構造を表しています。[1]

ITRIの講演10ページ。左に1から3の番号が付いたLED回路、中央に基板上のチップをセラミックスとパリレンで覆う断面図、右に三つの回路を別々の赤い水槽に入れた比較写真がある。本文は試料1を複合膜、2を膜なし、3をパリレン単膜と説明している。
図1:複合膜、封止膜なし、パリレン単膜を比較する水浸実験と封止構造。Chih-Hao Chen・Cheng-Chang Chen(ITRI), “New thin film for water immersion cooling system”, OCP APAC 2026, p.10より引用。原資料/図を拡大する

資料の説明では、水に入れた後も試料1と3のLEDは点滅し、試料3の点滅は比較的不安定でした。膜のない試料2は消灯したと報告しています。図は、材料の組合せを、回路が動くかという観察につなげた実験です。

一方、この比較から故障の原因まで特定できるわけではありません。単膜の不安定さが膜のどの性質に由来するのか、複合膜が何時間・どの水質や温度まで動作を保つのかは、このページの説明だけでは分かりません。静止画像だけから点滅の安定性を測り直すこともできず、ここでの動作は発表者の報告として読みます。

保護できた先に、冷却と耐久性の評価がある

今回の研究は、膜を付けた簡単な回路が水中で動作することと、水蒸気を通しにくい複合膜を作ることを示しています。これを高い熱を出す部品へ広げるには、同じ封止構造で熱がどの程度逃げるかを評価する段階が残ります。

例えば、必要な膜厚でチップの温度がどう変わるか。水に触れる期間や温度の変化を経ても、膜が割れたり剥がれたりせず絶縁を保てるか。こうした問いは、今回の実証を冷却装置の設計へつなぐときの評価項目です。資料が答えを示した結果として扱うことはできません。

ITRIの複合薄膜で注目したいのは、冷却液だけを選ぶのではなく、水と回路の間に置く材料を設計している点です。表面を守る膜にも、熱を通すこと、部品の形に沿うこと、使い続けられることが同時に求められます。膜の材料試験と回路の動作確認を分けて追うことで、この研究が次に確かめるべき性能を捉えやすくなります。

参考資料

  1. Chih-Hao Chen・Cheng-Chang Chen(Industrial Technology Research Institute), New thin film for water immersion cooling system, OCP APAC 2026。参照箇所:pp.2, 5–11。図1はp.10。材料・成膜条件・試験結果は同発表の範囲であり、サーバーの長期運用や冷却性能の検証結果ではありません。
  2. Open Compute Project, 2026 OCP APAC Summit — Recorded Content, Cooling Environments。講演の公開資料リンクと、公式一覧での登壇者Cheng-Chang Chen(ITRI)を確認。資料p.2にはChih-Hao ChenとCheng-Chang Chenの2名が記載されています。