量子コンピューターを大きくする方法の一つに、離れた量子処理装置を光で結ぶ構想があります。その接続口では、たくさんの原子から出る光を、それぞれの原子に対応する経路へ取り出す必要があります。光を集められても、隣の原子から出た光と混ざれば、どの原子の情報か分からなくなるためです。
大阪大学、情報通信研究機構(NICT)、浜松ホトニクスの研究グループは2026年9月1日、原子配列からの光を光集積回路へ導く「多重量子光インターフェース」を発表しました。原論文はOpticaに掲載されています。実験で扱ったのは、7.5マイクロメートル間隔に並ぶ10か所の原子と、それらに対応する10本の光の経路です。多数の接続口を密に並べるための研究であり、離れた量子コンピューター同士をつないで計算した実証ではありません。
簡単にまとめると?
- ガラス製の光集積回路を使い、原子配列の10か所から出る光を、それぞれ別の経路へ導きました。回路には32経路ありますが、実験で使ったのは10経路です。
- 原子があることを確認した試行で、対応する経路に光子を検出した確率は0.11〜0.47%でした。損失を補正して推定した結合効率0.3〜1.2%とは、意味が異なります。
- 隣の経路への混入を抑えつつ、原子の状態と光の偏光の相関を観測しました。遠隔の装置間で量子もつれを配るには、さらに効率や接続全体の検証が必要です。
小さく並んだ原子に、一つずつ光の出口を用意する
実験では、ルビジウム87の原子を「光ピンセット」で捕まえています。強く絞ったレーザー光で原子を留める方法です。原子を励起すると光子が放出され、その光を対物レンズで集め、ガラスの中につくられた導波路へ送ります。導波路は、光が進む細い通り道です。
原子の間隔は7.5マイクロメートルですが、光集積回路の入口は25マイクロメートル間隔です。そのまま重ねると位置が合いません。そこでレンズ系で原子配列の像を約3.33倍に拡大し、それぞれの原子の像を、対応する導波路の入口へ合わせました。回路の出口側では経路の間隔を広げ、光ファイバーにつなぎます。
この構造の利点は、多数の原子に対して光を取り出す経路をまとめて配置できることです。一つの経路だけで接続を試みる場合に比べ、複数の原子で並行して試行する構成へ発展させられます。ただし、10経路を使ったことは、毎回10個の光子がそろって検出されたという意味ではありません。一つ一つの経路で光を失わずに届ける効率も、別に確かめる必要があります。
検出率と結合効率は、どこまでを数えた値か
光子が検出器へ届くまでには、原子の状態を準備する、励起して光を出す、導波路へ取り込む、ファイバーへ渡す、検出器で数える、という段階があります。論文の二つの割合は、このうちどこまでを含めるかが異なります。
| 指標 | 10経路での範囲 | 何を表すか |
|---|---|---|
| 条件付き光子検出確率 | 0.11〜0.47% | 原子がある試行で、対応する検出器が光子を数えた割合 |
| 補正後の結合効率 | 約0.3〜1.2% | 準備・励起・接続・検出の効率を補正して求めた、原子から導波路への取り込み効率 |
原論文の表1と本文の定義を基に整理。検出確率の計数窓は100ナノ秒です。
最初の値は、初期測定で対応する場所に原子があると確認できたことを条件にしています。そのうえで、励起後の100ナノ秒の窓内に光子を検出したかを数えます。原子が空の場所も含めた全試行の成功率や、ネットワークで量子もつれをつくれた確率ではありません。
二つ目の値は、直接数えた検出率をそのまま言い換えたものではありません。論文では、原子の状態準備を約0.9、励起を約0.67、導波路とファイバーの接続を約0.8、検出器の効率を約0.8として補正しています。例えば検出確率0.47%の経路では、0.47%をこれら四つの効率の積で割ると、約1.2%になります。補正で数字が大きくなっても、実際に数えた光子が増えたわけではありません。
経路によって値に幅がある点も、装置を比較する際の手がかりです。研究では原子配列全体の位置を動かして光学系との位置合わせを行い、光学収差も残っていると説明しています。最高値だけを見るのではなく、何本の経路で、どの程度そろった効率を得られたかが、その先の並列動作に関わります。
「マイナス20デシベル未満」は、別の原子の光が混ざる程度
光の経路を増やすときには、効率だけでなくクロストークも問題になります。これは、ある原子から出た光が、本来とは違う経路で検出される混入です。光を運べても、送り手の区別が崩れてしまうと量子情報の接続口として使いにくくなります。
研究グループは、検出器に対応する原子がいない一方で、別の場所に原子がいる場合の検出確率を調べました。それを、対応する原子がいる場合の検出確率で割って比較しています。調べた異なる経路の組み合わせでは、この比はすべてマイナス20デシベル未満でした。比としては、対応する経路の信号の1%未満に当たります。
この測定値には背景光などの寄与も含まれます。そのため論文は、純粋な経路間の混入に対する上限として扱っています。「混入が完全にゼロになった」という結果ではありません。また、ここでの1%は別経路の信号との比です。先ほどの光子検出確率や結合効率の1%とは、分母が違います。
光を分けた先に、量子情報を運べるか
量子光インターフェースでは、光が通ることに加え、原子の量子状態と光の状態の関係を保てることが大切です。実験では原子のスピン状態と、光の偏光の相関を調べています。偏光とは光の振動方向に関する性質で、ここでは円偏光を選ぶ測定と原子への回転操作を組み合わせました。
観測された振動の明瞭さを示す可視度は、二つの条件で0.82と0.87でした。これは原子の状態と光の偏光に相関があることを示します。ただし、この数値を「量子通信の成功率87%」と読むことはできません。論文も、原子と光子の量子もつれに関わる性質の一部を観測したと位置づけています。完全な量子もつれの評価や、離れた二つの量子処理装置の接続実証とは分けて考える必要があります。
弱い光を経路ごとに数えるため、実験には多チャンネルの超伝導ナノストリップ光子検出器が使われました。NICTが開発した検出器技術を基に、浜松ホトニクスがシステムを実装しています。光を取り出す回路と、光を数える装置の両方が、実験を支えています。
10経路の実証から、多数の接続口へ
今回の進展は、密に並んだ原子とガラス製の光回路を対応づけ、10経路で光の取り込みと混入の程度を測ったことにあります。光子が届く確率を大きく引き上げたというより、多数の原子を光で接続するための配置と測定を具体化した研究です。
論文では、より多くの経路へ広げた場合の構成や通信性能も議論していますが、それらは今回の10経路の実測とは別の見通しです。経路を増やしたときにも位置合わせや偏光を保てるか、結合効率をそろえて高められるか、遠隔接続でどれほどの頻度と品質で量子もつれをつくれるかが、次の評価になります。
この種の研究を見るときは、経路数だけでなく、光を数えた確率、その値に含まれる損失、別経路への混入、量子状態の関係を確かめた範囲を並べて読むと、何が実現し、何が次に残っているかを捉えやすくなります。
出典
- 「Waveguide-array-based multiplexed photonic interface for an atom array」、Optica 13巻9号、1718–1725ページ(2026年)、DOI:10.1364/OPTICA.588749。装置構成、節4、表1、図3、考察を参照。
- 大阪大学・NICT・浜松ホトニクス・JSTによる共同発表(2026年9月1日)。研究の位置づけ、共同研究と検出器開発の分担を参照。
